第92話



 西宮公太は二十三年前、誰もが羨むほど裕福な家庭の一人っ子として、この世に生を受けた。


 父親は大手企業の社長で、母親は業界トップのファッションデザイナーである事から、苦労なんてものとは全く無縁の人生を送っていた。


 欲しい物は、父親にねだれば何でも買ってもらえた。


 最新式のゲーム機など、父親のコネで発売日より前に手に入るし、スマホだって小学校の入学式の日に手に入れた。高性能のノートパソコンも買ってもらえて、それを学校に持っていけば、たちまち羨望の眼差しに囲まれて、鼻が高かった。


 だが、ある日。何だか急にそれがむなしく思えた。


 飽きたと、言うのとは少し違う気がする。でも、何故か子供心につまらなさを覚えて、公太は次第に持ち物自慢をするのをやめた。そして、代わりに小遣いをせっせと集めるようになったのだ。





 十歳の誕生日を目前に控えた頃。公太は父親と共に、あるドッグブリーダーの元を訪れる機会を得て、そこで一匹の子犬と出会った。


 全身真っ黒で、艶のある毛並み。そして、つぶらな中にもどこか力強さを感じさせる目を持った子犬に、公太はあっという間に心を惹かれた。


 小銭しか集まっていない小遣いを差し出して、父親に「これが欲しい」などと言ったのは、初めての事だった。

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