第90話

「あ、ありがとう。大丈夫? マッキー……」


 今のはいったい何だったのだろうと、麻衣は左手で押さえていた右腕にそうっと視線を向け、袖をまくってみた。


 不思議な事に、あれほど強烈な痛みを感じていたというのに、右腕には傷一つなければ、血の一滴も出ていない。レディーススーツの袖さえ、どこも傷んでいなかった。


 あれは、幻か気のせいだったのだろうかとも思ったが、それにしてはあまりにも感覚がリアルだった。


 あ、もしかして……。


 ふと気付いて、麻衣は目の前のマッキーを振り返り、彼の右前足を見つめる。


 付け根から足先まで走っている大きな傷跡。もし、マッキーが人間だったら、ちょうど麻衣が痛みを感じた場所と同じ所になるはず……。


 麻衣は、思わずマッキーに言った。


「ねえ。もしかしてさっきのは、マッキーの記憶……?」


 マッキーは「うん」と返事する訳でも、こくりと頷いた訳でもない。


 ただ、ひどく悲しそうに「グゥル……」と、わずかに唸るだけ。


 だが、それだけで麻衣にはよく分かった。


 きっと、さっき流れてきたイメージの通り、マッキーは子供の頃の西宮さんを庇ったんだ。だから、こんな大きな傷を負って……。


 それなのに、西宮さんったら……!


 麻衣はすくっと立ち上がると、灯りもついていない西宮家の玄関の前に立った。

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