第85話

同時刻。麻衣は西宮家の前の道路に、ずっと突っ立っていた。


 あれから二、三時間は過ぎようとしているが、この家のチャイムを鳴らしたのは、十分ほど前にピザのデリバリーを持ってきた宅配サービスのお兄さん一人のみ。


 西宮公太は先ほどと同じように、おどおどと玄関のドアを少し開け、ほぼ投げ付けるように代金を渡すと、急いでLサイズのピザケース三つを引ったくる。そして、再び玄関を閉めた。


 宅配サービスのお兄さんは、「相変わらずだなぁ、ここの息子さん……」と一人ごちながら、やれやれと頭を掻いている。


 そのままバイクに乗って行ってしまうのを確認してから、麻衣は西宮家の敷地に再び入り、庭に力なくうずくまるドーベルマンの元に駆け寄った。


「えっと……、マッキーだっけ? 大丈夫? 苦しくない?」

「グ……ゥ……」


 剥き出しの犬歯の隙間から唸るように鳴くドーベルマン――マッキーだったが、ひどく弱々しい声だ。このままだと、今夜いっぱいもつかどうか……。


「どうしよう……。やっぱり動物病院に連れていこうかな……」

「ウ……。グゥル……、キュ……」

「やっぱり苦しいんだよね? せめて、少しでも辛さを感じないように……」


 ダメ元かもしれないが、西宮公太があんな感じでは期待は一切持てない。


 自分が動物病院まで連れていこうと、麻衣の指先がマッキーの顔に触れた、その瞬間だった。


 麻衣の頭の中に、何かたくさんのイメージが直接流れ込んできた。何もかもが優しくて楽しい事がいっぱいの、大きなイメージが。

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