第80話

「鳴海先生、逃げないで下さい! あの子が可哀想とか思わないんですか!?」


 むうっと頬を膨らませて、麻衣もドーベルマンを見やる。痛々しいまでの彼の姿に、自分の目頭が思わず熱くなるのを感じた。


 それに対して、俊介も思わずムキになって言い返した。


「あのな、誰が逃げるって!?」

「依頼人があんなに必死になって、何かしようとしてるんですよ? 弁護士なら依頼人が納得するまで、最後まで誠心誠意付き合うべきでしょ!」

「間違えんな。依頼人じゃなくて、依頼犬だ。それに仕方ねえだろ、飼い主が留守なんだから」

「留守じゃありません」

「は……?」

「中にいます、一人」


 何故か、麻衣にはそう思えた。


 俊介の所に来るまで、様々な事務所から居留守や門前払いを食らわされてきた経験のなせる技か。それとも、単にそういう勘が冴えているからなのか。


 どちらにせよ、俊介は麻衣のその言葉をすぐに信じた。


 再び踵を返して玄関まで引き返す。そして、またインターホンを鳴らす……かと思いきや。


「こらぁ! 居留守使うたぁ、いい度胸してんなぁ!! 今すぐ出てこないと、この玄関ぶち抜くぞぉ!」


 そう言いながら玄関のドアを殴るわ蹴りつけるわと好き放題やる俊介の姿は、もはや(幽霊専門とはいえ)弁護士というよりは借金の取り立て屋だ。


 麻衣はめまいを感じつつも、とにかく近隣に対する迷惑にもなるからやめさせようと、俊介の肩に手を伸ばした。

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