第42話

自分を守ってくれていたかのような穏やかな雰囲気が消えた事で少し体がふらついたが、それでも麻衣は何とか両足を踏ん張らせて耐える。


 そして、すぐ目の前にいる俊介に疑問を素直にぶつけた。


「どういう、意味ですか……」

「お前こそ、弁護士の定義を分かってんのか?」


 俊介は手の中の『心霊六法全書』を軽く持ち上げ、まっすぐ麻衣を見据えた。


「例えば普通の……、“生きてる人間”の民事訴訟なら原告の代理人になって、代わりに主張や要望を伝える。刑事訴訟だったら、場合によっては被告の無実を勝ち取らなきゃいけない」

「そ、そんな事は知ってます。でも、あの子達は住職さんを苦しめてる悪霊じゃ……」

「あいつらが悪霊だなんて、いつ誰が決めた?」

「え……」

「あいつらは三十年前、街へ出かけようとしたところを暴走車に撥ねられたんだと。すぐに死んだ事を受け入れられなかったから、ああして墓場から動けないでいる」

「……」

「この世に居続ける以上、何かしらの未練があるんだ。それを聞いて、できる事なら協力して、未練をなくさせてやった上で自分から成仏する機会を与えてやる。それがああいう奴らの人権と尊厳を守る事だ。何も聞かずにバカみたいに祓うのは、未熟で三流の霊媒師れいばいしがやる事なんだよ」

「う……。で、でも……」

「これで分かったろ? 俺が守ってるのは“生きてる人間”じゃねえんだ。お前の望んでる事は何も教えてやれねえし、教える気もない。佐伯先生の言う事をおとなしく聞いといた方がいいかも知れねえぞ。じゃあな」


 少女達への「じゃあ、またな」と比べると、それは明らかに冷たいものだった。


 俊介は麻衣の横をすり抜けると、ただの一度も振り返らずに霊園を出ていった。

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