第38話

「鳴海先生、その本……」


 おそるおそる麻衣が本を指差せば、俊介はちらりと本に目をやっただけで、すぐに視線を麻衣に戻した。


「これは『心霊六法全書』っていって、まあ……俺の唯一の武器みたいなもんだ」

「ぶ、武器……?」

「ああ。そういう訳だから、もう絶対に結界陣の外に出るなよ。この世から消えたくなければな」


 そう言うと、俊介は足早に結界陣から少し離れる。そして、白くて分厚い本――『心霊六法全書』を宙にかざすと大きな声でこう唱えた。


「我は、心霊弁護士・鳴海俊介! ここに心霊法律第34条第1項目を発動する。被告霊ひこくれいは直ちに出廷せよ!」


 その瞬間!


 霊園を取り囲む空気が確かに変わった。


 それまでそよ風のように静かで穏やかに流れていたものが、瞬く間に嵐のごときすさまじさへと変化し、俊介と麻衣の間を駆け巡る。


 目に見えない何かが向かってくるような気がして、思わず麻衣は両目をぎゅっと閉じる。だが、それは結界陣の中に届く事はなく、その周りをバタバタと巡るだけに留まった。


「な、鳴海先生っ……」


 そうっと目を開けて、麻衣は俊介を見た。


 その、すさまじい何かは俊介のすぐ側にいた。始めは陽炎かげろうのようにはっきりしていなかったが、ゆらゆらしながらも少しずつ形を表していく。


 やがてそれらは、三つの人影になり、俊介の周りを取り囲むようにして立った。


 その時、ふいに人影達の顔と思われる所が、不気味ににたりと笑ったような気がして、麻衣は思わず叫んだ。


「鳴海先生危ない、逃げてえっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る