第33話

ついてこいと言われて洋館を出てから、もう小一時間は歩いただろうか。


 ただ俊介の後を追って歩き続けてきた麻衣の目の前に、一軒の小さくて古い寺が見えてきた。


 町より離れた郊外に位置するその寺は、さらに小ぢんまりとした霊園と並列していて、所々に立てられた石灯籠いしどうろうの仄かな明かりだけでは、夜の闇が差し始めた今頃になると、相当に薄気味悪く感じる。


 麻衣はぶるりと肩を震わせた後、俊介の背中に向かって声をかけた。


「あ、あの、鳴海先生? ここ、お寺ですよ?」

「ああ、そうだな。檀家だんかが減りまくって、今にも潰れそうな寺だよ」


 俊介は振り返りもせずに答える。その右手にあるのは、先ほど本棚から取り出した白くて分厚い本が一冊だけで、他には何も持っていない。


 今まで雇ってもらっていた弁護士の先生達は多かれ少なかれ、資料なんかを詰め込んだカバンくらい持ち合わせていたのに……。


 あんな本一冊だけで仕事になるのかなと、麻衣は首をかしげながらも、ただ後をついていった。


 やがて二人が寺の敷地内に入ると、境内の前で住職らしき初老の男が立っているのが見えた。


 掃除でもしていたのか、その両手には竹ぼうきが握られているが、扱いが実に頼りない。


 よく見れば、住職の目の下は深いクマがしっかりと刻み込まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る