第30話
「お前は人んちに入るのに、玄関先でいちいち騒ぐのか! 騒音被害で訴えるぞ!」
「私だって、本当なら来たくありませんよ。こんなおばけ屋敷!」
「名誉毀損も付けてほしいのか。この常識無知の軽犯罪小娘が!」
「また変な呼び方っ。私の名前は佐伯麻衣です! 佐伯稔彦の娘で……」
「知ってるよ!」
短く麻衣の言葉を遮ってから、鳴海俊介はドアの隙間から全身を出してきた。その格好は昨日のまま、だらしなかった。
「確かに、佐伯先生から電話をもらった。十年ぶりだったから、昨日はお前に気付けなかったけどな」
「え? 十年ぶり?」
「ああ」
「私達、会った事あるんですか?」
「……覚えてねえのか?」
少しいぶかしむ表情でこちらを覗き込んでくる俊介に戸惑いながらも、麻衣はこくりと頷く。
それを見て、俊介は少しの間黙っていたが、やがて「まあ、いい」と言った。
「無理に思い出す必要もねえ。気にすんな」
「ちょっ……そこは気になるでしょ!?」
「知るか、そんなの」
「あなたねぇ!」
「とにかく、他でもない佐伯先生の頼みだ、と・く・べ・つ・に! お前を雇ってやる。ありがたく思うと共に、これからは持てる限りの敬意を表して俺を『世界がひれ伏す、偉大な鳴海先生様』と呼べ。いいな」
くるりと踵を返して、俊介は再びドアの中に入る。
開けっぱなしのドアの向こうは、昨日見た通りのボロボロ具合だ。そこへ向かって、麻衣は叫んだ。
「絶っっっ対に、呼びません!!」
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