第25話

「世話になったって……。私、今日あの人の事務所に確かに行ったわ。でもね、普通じゃなかったの!」

「……」

「私の目の前でおばあちゃんが消えてね! その、鳴海って人が持ってた本からも気持ち悪い光が出ていて……」

「麻衣」


 だが、稔彦は麻衣の言葉をぴしゃりと遮る。


 そして、ぎろりとした目を向けたまま、こう言い放った。


「さっき、電話で話は通しておいた。明日から、鳴海君の所に行け」

「え……」

「他の事務所を探そうとしてもムダだ。お前を一歩たりとも入れないよう、手続きも済ませてある」


 いいな、と最後に付け加えて、稔彦はポケットからたばことライターを取り出し、一本を口にくわえて火を点ける。


 深々と吸い込んでから吐き出したたばこの煙は、麻衣の目の前にゆっくりと広がっていく。まるで、麻衣と稔彦の間を遮るように。


「何で……? 今の私の話、聞こえなかったの?」


 そう言う麻衣の言葉は震えていた。


「お父さんがどれくらいお世話になったか知らないけど……あそこ、本当に普通じゃないの。すごく怖い思いもして……、さすがにあそこで働くのは嫌よ。ねえ、どうして他の所はダメなの!?」

「鳴海君の所が一番だからな」


 再び、稔彦は言い放つ。とても冷たい口調で。


「お前が今の夢をあきらめるには、ちょうどいい職場だ」

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