第9話

珍しい事に、リビングへと続くドアは半開きとなっていた。


 そこから、そうっと中を覗き込んでみると、麻衣が物心ついた頃からある大きめの革張りのソファに、彼――麻衣の父親である佐伯稔彦さえきとしひこがゆったりと座っているのが見えた。


 今年で五十代後半をゆうに迎えながらも、バリバリと現役で裁判に臨む弁護士としての彼を、麻衣は子供の頃からずっと憧れ、尊敬し、目標としてきた。


 いつか、お父さんのような立派な弁護士となって、理不尽な思いをしている人々の役に立ちたい――。


 ずっと変わらない夢を抱き続けて、やっと大学生になった。これからもっと法律の勉強をして、自分の中に吸収していこうと思っているのに、どうして……。


 そこまで考えた時だった。ふいに、稔彦が振り返りもせずに声を発したのは。


「麻衣、帰ったのか?」

「……っ!」


 とっさに言葉が出ず、思わず両手でドアの端を掴んでしまう。


 そのまま硬直して動けなくなってしまった麻衣に、稔彦はさらに言葉を重ねてきた。

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