第8話



 住宅街に入ってすぐの所にある家の前で、麻衣はもう十分以上じっと佇んでいた。


 まだ帰ってきていませんようにと心の中で密かに願っていたのだが、玄関を潜り抜けようとして、家の中の気配と物音で気付いてしまった。


 ――嘘、今日はもう帰ってきてる……。


 さっきから、「どうしよう」の五文字ばかりが頭の中をぐるぐると回っている。


 彼も弁護士である訳だから、おそらく『島村法律相談事務所』の火事の件は仲間内からすでに聞いているはずだ。


 もし、そこに例え三日間だけだったとはいえ、バイトに行っていた事も知られていたら……。


 ヒロミにはもう聞き慣れた、耳タコだと強がってみせたものの、本当はそうではない。そうなるはずがないのだ。


 スーツの胸元をぎゅっと強く握り締めてから、麻衣はようやく前に一歩踏み出した。


(大丈夫、今日もちゃんと……)


 覚悟を決めて、玄関を潜り抜ける。そして、そのまま廊下を渡って、彼がいるであろうリビングへ向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る