第2話

「おとうさん!」


 少女は、ソファに座ったまま、一瞥もくれない中年の男に手を伸ばしながら言った。


「まいのいちばんは、やっぱりおとうさんだよ! まい、おおきくなったら、おとうさんみたいになる!」

「何……?」


 男の眉が、ぴくりと動いた。


 ゆっくり少女の方を振り向く男の表情は、驚愕と困惑が入り交じり、険しいものとなっている。少女の小さな手が、もう少しで彼の腕に届きそうだ。


 少女は、さらに言葉を続けた。


「うん! おとうさんも、あのおにいちゃんとおなじ『べんごし』さんでしょ。だから、まいもおとうさんみたいになる……」

「無理だ!」


 少女の手が今にもその腕に触れそうになった瞬間、男はこれでもかとばかりの大声で怒鳴った。


 少女は突然の事に驚き、伸ばしていた手はおろか、全身をびくりと震わせ、やがて固まる。


 小さい両目を大きく見開き、目の前の男をそろそろと見上げていく少女に、彼はもう一度言った。


「……お前には、無理だ」

「どうして? まい、がんばるよ?」

「無理だ。どうあがこうが、お前には到底無理だ。あきらめろ」


 ぴしゃりとそう言い切り、男はソファから立ち上がる。そして、そのまま少女を置き去りにして、リビングから出ていった。


 一人残された少女はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがて男が座っていたソファに小さな体を横たわらせて、小さく呟いた。


「だいじょうぶ、だいじょうぶだもん……。まい、がんばるんだから……」


 そう言って、少女はそっと両目を閉じた。

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