第63話

同時刻、西村雄一は行きつけのスーパーの前で途方に暮れていた。


 まさか、久々に父親からじかに頼まれた買い物リストのメモをなくしてしまうなんて、夢にも思わなかった。しかもその内容をほとんど覚えていなかったものだから、つまみといっても何を買っていいのかさっぱり分からない。


 今朝、学校の教室に入るまでは確かにズボンのポケットに入っていたと思う。それがないと気付いたのは、一時間目が終わった次の休み時間の事だったから、なくした場所などは限られているはずなのに、どこを探しても見つける事ができなかった。


 本当にどうしようと、雄一は頭を悩ませる。普通なら電話して聞いてみるところなのだろうが、あいにく茂之はスマホの類を持っていない。もう何年も料金未払いという事で、最近になって強制解約されてしまっていた。


 雄一が今持っているスマホは、母方の祖父である岸本直吉が購入してくれて、使用料も立て替えてくれているものだ。本体代と使用料はいつかまとめて返すと言ったのだが、「子供のうちからそんな心配しなくていい」と怒られてしまった。


 ふとそんな事を思い出した雄一は、そのスマホを見つめながらつくづく思い知った。自分はまだまだ、何の役にも立てない子供なんだなと。


 物心ついた時には、あの古いアパートで父と二人暮らしだった。母親は、自分を生んですぐに死んでしまったと知った時は、悲しくて寂しくて仕方なかったし、自分さえ生まれてこなければと何度も思ったが、決してそれを口に出した事はなかった。


 何故ならば、自分の見た目は直吉の家に残されている写真の中の母親・西村みなみに似ていたからだ。性格の方は何となく父親似ではないかと思っていたのだが、ある日珍しく競馬で大勝ちした茂之がいい感じで酔っ払った時にこうこぼしていたのを聞いてから、自分は両親のいいところを受け継ぐ事ができたんだと考えるようになった。


『雄一。お前は俺に似てるけど、それ以上にみなみにも似てるぞ。きっとみなみも、天国でそこまで大きくなったお前を見て喜んでるだろうなぁ』


 母親が天国で心配しないように、これからも父親と一緒に生きていけるようにと思って、雄一はがむしゃらに努力してきた。将来、どんな道でも選べるようにと勉強の方も頑張ってきたし、いまだに母親を思って悲しんでいる父親の支えになりたくて、家事も手を抜かずにやってきた。


 だから今朝、茂之から「このつまみ買ってこい」とじかに書いてもらったメモを渡された時は、その努力が実ったような気がして嬉しかったのに。父親が自分の事をちゃんと認めてくれたような気になったし、用事が済んだらそのメモも大事に取っておこうと思っていたのに。


 冴島さんにお礼を言われて、いい気になってたからバチでも当たったのかなと苦笑いを浮かべる雄一。その背後から「……雄一か?」と声をかけてくる者がいて、雄一はぱっと反射的に振り返った。


「お、おじいちゃん!?」

「何やってんだ、こんな所で……」


 雄一の目の前に、不思議そうに首をかしげている直吉の姿があった。

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