第64話
「……あんのバカタレが! 今日という今日はもう絶対に許さん!!」
「や、やめてよおじいちゃん! 僕はちっとも気にしてないんだから、お父さんを怒らないで……」
「いいや、もう勘弁ならん! 雄一、お前は家に着いたらすぐ荷物をまとめろ! 今日からワシと一緒に暮らすんだ!!」
雄一から話を聞かされ、我慢に我慢を重ねてきた直吉の怒りの導火線はついに焼き切れてしまった。ろくに働いてもいないくせに、酒のつまみを高校生の息子に買ってこいだと!? その代金は誰が払うと思っている!? こんなにかわいくて健気な孫の少なすぎる小遣いからか!? そう思ったら、我慢なんかできるはずもなかった。
直吉の家には、若くしてこの世を去ってしまった一人娘・みなみの遺影と位牌がある。雄一がこのような扱いを受けていると薄々分かっていながら、今の今まで手をこまねいていた自分の失態が恥ずかしくて、娘のそれらに合わす顔がない。せめて娘の忘れ形見である雄一だけはと、アパートに向かっていく直吉の足取りはさらに速くなった。
「ねえ、おじいちゃん。本当に僕は大丈夫だから!」
直吉の腕や背中にまとわりつくようにして歩みを止めようとする雄一だったが、怒りで全身の力が漲っている彼には全く歯が立たない。あれよあれよという間に、スーパーからアパートのすぐ前まで来てしまい、雄一は自分の血の気が引く音を聞いた気になった。
「お、おじいちゃん……お願いだから、落ち着いてよ。ね?」
「何を言ってる、雄一。ワシは充分落ち着いているぞ?」
そう言いながら、年甲斐もなくぽきぽきと両手の指を鳴らしている祖父の姿を見て、雄一は大げさでなく戦慄を覚える。これまでは言い争いだけであったが、今日こそは血を見る事になる。下手をしたら、怪我どころでは済まないかもしれない……!
茂之も直吉も、雄一にとっては大事な家族だ。どちらにも犯罪行為に近い真似をさせたくない雄一は、ギイギイと軋む螺旋階段を早足で昇る直吉の腕にさらにすがり付いた。
「おじいちゃん、本当にやめてってば!」
「離せ、雄一! おじいちゃんがあのバカ親父に鉄槌を下して……うん?」
途中まで言いかけた直吉が螺旋階段を昇り切って二階に辿り着いたとたん、その足をぴたりと止めた事を雄一は不思議に思った。どうしたんだろうとひょいっと首を伸ばして直吉の体の向こうを見てみると、自分達が住む部屋のドアが開け広げられたままになっているのが目に映った。
「ちょっ……お父さんったら、また~」
防犯意識の低い茂之が玄関の鍵をかけない事が多々ある事は分かっていたから、何かの拍子で開いてしまったんだろうと、雄一は直吉の横をすり抜けて玄関へと向かう。だが、その開け広げられた玄関の奥の方で、当の茂之が呆然とした表情で座り込んでいるのを見てしまったら、とても落ちつけるはずがなかった。
「……お、お父さんどうしたの!? おじいちゃん、おじいちゃん!!」
靴も脱がずに部屋へと飛び込み、呆然と宙を見ている父親の肩を思いっきり揺さぶる。雄一の慌てた声に引き寄せられるように直吉も急いで部屋の中に入ってきた。
「おい、シゲどうした!? 泥棒か!? どこか怪我でもしたのか!? しっかりせい!!」
ついさっきまで殴ってやろうとしていたくせに、茂之の全身をさするように怪我の有無を調べる直吉。そんな二人の手の感触で我に返ったのか、長い時間呆けていたらしい茂之の両目に光が戻ってきた。
「あ……。雄一に、おじさん……」
「お、お父さん!」
自分達を認識してくれた茂之に、雄一も直吉もほっと安堵の息をつく。だが、次の瞬間、こんな事を言い出した茂之に二人は思わず「はぁ?」と声を揃えて言った。
「どうしよう。もしかしたらあいつが、みなみが天国から帰ってきたかもしれない……」
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