第62話

「みなみ、あんたなぁ……」

「ごめん、エン」


 茂之のアパートから離れた道路の真ん中で、むうっとふくれた顔で腕組みをしているエンに真琴はぺこりと頭を下げる。そのあまりにも落ち込んでいる彼女の様子に、エンはそれ以上咎める事もはばかれ、ふうっと長いため息をついた。


「ただのぐーたらダメ親父だと思ってたけど、俺が侮ってたわ。みなみがしゃべりすぎたとはいえ、まさかあそこまで勘が鋭かったなんてな」

「シゲちゃん、子供の頃から謎解きとかクイズ関連は得意だったのよ。ちょっとしたヒントがあれば、どんな難しいものでも百発百中だった……」

「そうみたいだな。さっきはああ言ったけど、あの様子だと半信半疑どころか完全に気付いてるだろうから、もう茂之には会わない方がいいな」


 エンにそう言われて、真琴は胸の奥がツキリと痛んだ。


 自業自得だ。絶対に知られてはいけない事なのに、わざわざ自分から暴露したようなものなのだから。それでも、もう茂之に会えないと思うと、勝手に涙腺が緩んで涙が一粒ぽたりと落ちた。


「うん、そうだね。今回ばかりは、エンの覗き癖に助けられちゃった……」


 これ以上流れ落ちてもいけないと、真琴はぐいぐいと両目を乱暴に拭う。その様を、エンは目を細めて見つめていた。


「分かった、もうあのアパートには行かないから」

「みなみ……」

「大丈夫よ、エン。悲しいばかりじゃないから。むしろ、嬉しい事の方が多かった」


 そう言って、真琴は肩越しにアパートの方角を振り返った。


 茂之は、エンの言うようなダメ親父なんかじゃなかった。きっと、自分が早死した事がきっかけでいろんな事がうまくいかなくなって、今のような生活になってしまったんだ。それでも、みなみの事を忘れた訳じゃなかったし、雄一の事だって本当は邪険に扱うどころか、心から愛してくれていると分かった。それがたまらなく嬉しかったのだ。


「二人が幸せかどうか見届ける為に転生してきたのに、逆に私が幸せをもらってどうするだっての……」


 苦笑いを浮かべながら、真琴はそうつぶやいた。

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