第60話

「……あの子はバカじゃない、誰に対しても底抜けに優しいだけよ! 父親なら、そんな息子の最大の長所をバカにしないで!!」


 あまりにも感情的な真琴の大声に、思わず茂之の全身が震える。とても自分よりふた回りも年下の子供のものとは思えないそれに、茂之は真琴の方をこわごわと見つめた。


「な、何だよ……。お嬢様っていったって、しょせんは女子高生のガキだろ。大人に向かって、偉そうに説教なんか」

「今のシゲちゃんのいったいどこが大人なの!? 何でそうなっちゃったのか知らないけど、拗ねていじけたら何もしなくなるところなんか、小学生の時とちっとも変わんないじゃない! バカはシゲちゃんの方よ!!」


 バカ、シゲちゃんの大バカ~!!


 そう言って、手元にあったティッシュボックスをわしづかんで茂之に投げ付ける。そんな真琴の姿は在りし日の妻にまるでそっくりであり、茂之は信じられない思いだった。


 そうだ。あいつもそうだった。シゲちゃんって呼び方もそうだけど、あいつは怒ったら近くにある物を投げ付けてくる悪い癖があったし、その時の言い回しも今のと全く同じだ。これはいったい、どういう事だ……!?


 茂之はなまりまくっている体を動かして、まだ何か投げ付けようとしてくる真琴の両腕をがしりと掴む。その彼の表情は怒りでも、ましてや薄汚い欲情などでもなく、ただ目の前の事実を見極めようとする真剣なものであった。


「雄一はな、母親似なんだよ……」


 いきなり腕を掴まれ、その驚きの為に一瞬体が強張って声も出せなかった真琴に、茂之は言った。


「誰にでも底抜けに優しいだって? そんなのは当たり前だろ、あいつが命懸けで産んでくれた子なんだから。あいつに似て、当然なんだ……」

「……シゲちゃんにだって、よく似てるわよ。意外と頑固で、あきらめるって事を知らないところもある」

「そうかよ。でもな、やっぱり大半はあいつによく似てるんだ」


 両腕を掴んでくる手はさほど痛くはなかったが、やがて細かく震え始め、真剣だった表情もうつむき加減になった事でよく見えなくなる。泣き出してしまうのを必死で堪えているんだと、真琴は悟った。


「……時折、いや往々にして、むなしくなるんだよ」


 ぽつりと、茂之の声が漏れ出るように聞こえてきた。


「あいつが生きてくれていたらって、何度考えたか分からない。それだけあいつは俺の中で大きな存在だったし、これから先、あいつの以上の存在になるような相手に巡り合える気もしねえ。何でこんなろくでなしの俺じゃなくて、あいつが死ぬんだよ! その方が、雄一だってきっと……!」

「シゲちゃん……」

「……なあ。お前、何なんだ? ただのお嬢様じゃないだろ?」


 ふいに尋ねられた、思ってもみない質問。真琴は再び動けなくなった。

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