第57話
「きっと、僕なんかじゃどうにもしてあげられないような悩みなんだろうけど、愚痴一つこぼさないどころか、誰にも迷惑かけたくないっと思ってるから、僕を遠ざけようとしてるんでしょ? それって誰にでもできる事じゃないよ」
「……ふ、ふうん? だったら、私の何を持って、そんな真似ができていると思ってるの?」
「優しいところはもちろんだけど、後は強いところなんじゃないかなって。しかもそれを自分の為じゃなくて、誰かの為にって思えるところが、冴島さんらしいなって思えて。だから僕は……」
一気にしゃべり尽くしてしまうのではないかと思われた雄一の言葉だったが、ふとおかしなタイミングで我に返ってしまったようで、今度はまた違った具合の深い赤色がさっと彼の頬を染めていく。それを目の当たりにした真琴は、このような時に言うべき言葉を一つしか知らなかった。
「……ありがとう」
「えっ……!?」
「確かに話はできないけど、声をかけてもらった事には礼を言うわ。おかげで、少し気分を入れ替える事ができたから……」
「冴島さん……」
想像さえしていなかった、真琴からのお礼の言葉。推薦入試の際に出会って以来、こっそりと彼女の優しさを垣間見られればそれだけで満足していた日々は、いつの間にかもっと欲の張ったものへと変わっていき、そのせいで暴走気味になってしまった事もあった。先日の唐突な彼女への告白が、まさにいい証拠だ。
そんな高根の花である彼女からの初めてのお礼の言葉は、これ以上なく雄一を有頂天にさせた。最後にはへにゃりと緩み切った顔をしてしまい、「ううん、いいんだ」と間延びした声で答えた。
「もし、どうにもならなくなったら言ってよ。僕でよかったらいくらでも、いつでもどこでも話を聞くから」
雄一がそう言ったタイミングを見計らうかのように予鈴のチャイムが鳴る。そのチャイムに合わせるように、それじゃあと軽く片手を挙げて自分の席へと向かっていく彼を見て、真琴は「たくましい子に育ってくれた」と感慨深く思った。
本当に、いい子に育ってくれた。冴島真琴への恋心は困ったところだが、それを差し引いたとしてもあの子のいいところには何の支障もないと思えた。
(
真琴がそんな事を思いかけた時だった。ふと、今の今まで視界の中にはなかったはずの紙切れが床に落ちているのが見え、真琴は席を立ってそれを拾い上げた。
ここにはさっきまであの子が立っていた。と、いう事は、これはあの子の落とし物……。
早くもそう結論付けた真琴は、好奇心が一気に湧いていて、落ちていた紙切れをゆっくりと開き始める。いったい、どんな事が書かれてあるのかとワクワクさえしていたのだが、いざ広げてみた紙切れに書かれている内容を見て、今度は怒りを募らせた。
「これ、買い物リストじゃない……。しかもこれ、中身はつまみになるようなものばかり……! お酒を買ってこいって言うよりは、はるかにマシだけどぉ……!」
前言撤回。シゲちゃん、今の環境は私達の息子にはあまりにも悪影響でしょと、真琴は手の中の紙切れを思い切りぐしゃぐしゃにしてしまった。
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