第56話
あ~! 今朝の真守君の時といい、今といい、私ってこんなにコミュ
前世の時は、どうやって他の人と楽しく会話できていたっけと内心焦り続ける真琴。それを感じ取れたのかどうかは全く定かではないが、徐々に登校してきた生徒達で埋まり始めた教室の中、ふいに雄一の口元からププッと空気が抜けるような音が聞こえてきた。
あまりにも小さくて聞き逃がしてしまいそうなほどであったが、すぐ目の前にいる息子から発せられたものを真琴が分からないはずがなく、大きく両目を見開く。何故ならば、雄一は真琴に向かって非常に優しい笑みを向けていたから。
「え……?」
その雄一の笑みが信じられなくて、真琴は間抜けな一音を発する。
何、どういう事? 私は今、この子の心配してくれる気持ちを蔑ろにしたわよね? 普通、ここまでされたらとっくに気分を害してしまうものなんじゃないの? それなのに、どうしてこの子は……。
あまりにも優しすぎる雄一に、真琴はどんどん心配になってくる。この、あまりにも誰かに対してムカついたり疑うといった事を知らない我が子は、将来とんでもない悪人にだまされてひどい目に遭いはしないかと。そんな事は決してあってはならないと、真琴は急いで口を開いた。
「……な、何をのんきに笑っているの? まさか高校生にもなって、自分が何を言われたのか分かってないという事はないでしょう?」
「うん、それは大丈夫。ちゃんと分かってるよ」
「だったら」
「大丈夫、やっぱりそうだなって思っただけだから。やっぱり、冴島さんは優しい人だなって」
まただ、また言った。
本当に、この子はいったい何を言ってるのだろうか。優しい人間というのは雄一、あなたのような子の事を言うのよ。あなたと一緒に生きてあげる事ができなかった母親よりも、顔を合わせるたびにひどい言葉を言い連ねてくるようなお嬢様よりも、あなたのような子を世間は優しいというの。それなのに、どうして……!
そう言い聞かせてやりたい気持ちを何とか必死に押し留め、真琴は雄一の顔をちらりと見る。やはり、とても信頼しきった目でこちらを見ているままだったので、不思議に思った真琴は「どういう意味?」と聞いてみる事にした。
「私が優しいですって? 何を根拠にそんな事を」
「そうだなあ。例えば今だったら、何か悩んでるっぽいのに僕を巻き込むまいとしてるところとかかな?」
そう言ってから、雄一はその笑みに照れくさそうな朱色を混ぜた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます