第55話

「……最悪。この上なく、最悪だわ……」


 成岡高校の自分の教室へとまっすぐ向かい、自分の席に座るや否や、真琴は机の上に上半身を預けるようにして突っ伏した。


 いくら何でも、あの対応はひどい。今は真守という八歳の子供でも、かつては生意気盛りな十九歳の青年だったのだ。あんなのは反抗期の延長線上でよく耳にする全く本意ではない軽口なのだから、大した事はないよとばかりに軽くスルーすれば特に問題なかったのに。


 それを思いっきり根暗な感じでマジレスするとか……年上のくせに大人げないし情けなさ過ぎると、真琴はだんだん痛くなってきた頭を両手で抱えた。


 ああ、どうしよう。とっさにローストビーフのサンドイッチを渡したけど、ちゃんと食べてくれるかな? 何度も虫なんかに転生するくらい、深い悩みを抱えているだろう真守君に、これ以上変な負荷を与えたくないのに……。


 エンに相談するべきかと、真琴が首だけを動かして宙を見上げかけた時だった。ふいにバタバタと焦るような足音が聞こえてきたかと思ったら、次の瞬間には「さ、冴島さん!? どうしたの!?」と、朝の挨拶すら忘れているような大きくて焦った声が、自分のすぐ目の前から降り注いできた。


「え……?」

「ぐ、具合が悪いんなら、保健室行く? 僕も一緒に行くから……」


 机に伏せていた上半身を、宙ではなく天井の方へと向けてゆっくりと起こしていく真琴。その途中で目いっぱいに広がっている息子の顔を見て、彼女の両目は一気に大きく広がっていった。


「に、西村君……?」

「大丈夫? 冴島さん……」


 よほど心配しているのか、同じような言葉を繰り返しながら、雄一はじっと真琴の様子を見やる。そのあまりにもまっすぐで純粋な目を向けられる事に耐えられなかった真琴は、ふいっとそっぽを向いた。


「べ、別に、あなたには関係ないでしょう?」


 いつものように、ふんっとした鼻息もオプション代わりに付けてから否定するが、雄一のまっすぐな視線はほんのわずかも逸らされない。こんな優しい心遣いすら無下にするような女の子のいったいどこが好きなのだろう。真琴は肩肘を付くようにしてふんぞり返ると、頑ななまでにまっすぐな雄一に向かってさらに言葉を続けた。


「例えどんなに面倒でも、自分に振りかかった火の粉は自分で払う主義だから、あなたみたいなモブに心配される義理や筋合いなんてこれっぽっちもないわ。かえって面倒事になるだけでしょうから、モブはモブらしく黙って教室の隅にいなさいよ」

「……」


 真琴の言葉にぽかんとした表情を見せてくる雄一。そんな息子に、彼女の罪悪感は底なし沼並みに深まっていった。

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