第54話

「あ……!」


 しまったと、真守は思った。今生の真守の記憶はあるが、さすがにこれは『言い返してやった感』など微塵も湧いてこない。湧いてくるのは、罪悪感だけだ。


「わ、悪いっ! 今のは失言だったっつーか……!」


 そんなつもりはなかった、ただの八つ当たりだったと言葉を続けたかったが、そんな真守の目の前に真琴は「はい、これ」と一つの小さな包みを差し出した。


「学校で給食出ると思ったけど、今は十九歳の恭平君でもあるんだから、たぶん物足りないだろうと思って」

「な、何だよこれ……」

「昨日出すつもりだったローストビーフのサンドイッチ。よかったら食べて?」


 ふっと小さく苦笑を浮かべると、真琴はなかなか受け取ろうとしない真守の手にやや強引に包みを押し付けると、そのまま横をすり抜けて歩き出す。


 真琴のそんな静かで寂しそうな足音が少しずつ遠ざかっていくのがたまらなく嫌になって、真守は「……し、しょうがねえだろ!」とその背中に向かって叫んだ。


「俺は、そういうの何にも知らねえんだから! 姉ちゃんみたいに知ってる訳じゃねえんだからさ!」

「……」

「なあ。親って本当にああいうものなのかよ!? あんなふうに子供を心配して、構ってくるようなものなのかよ!?」

「……普通はね。まあ、私は死んじゃったからできなかったし、シゲちゃんに至ってはそれを絶賛放棄中って感じみたいだけど」


 そう言うと、真琴は肩越しに振り返る。まだ冴えない表情のままの彼女に真守は内心焦るものの、もう何を言っていいのか分からなかった。


「……ごめん、何か変な空気になっちゃったね。じゃあ、また夜に」

 

 少ししてからそう言うと、真琴は再び歩き出す。今度は一切振り返る事もなく、やがて曲がり角を曲がっていった事でその姿も見えなくなった。


 道路の上で一人ぽつんと佇む格好になった真守は、手のひらの上の包みを引き寄せるようにして抱きしめると、「くそっ……」とごちた。


「本当かよ、姉ちゃん……? もし、本当にあんたの言う通りなら」


 何で俺の母親って奴は、俺を捨てたんだよ……? 何で生まれたばかりの俺の事、乳児院の前に置き去りにするようなひどい真似ができたんだ……!?


 それを言葉という形にする事など到底できず、真守はひたすら心の中でそうつぶやき続けた。

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