第52話

「よっぽどお姉ちゃんからの折檻が怖いと見えるな。何かされちまう前に逃げるって癖が体に染みついて、それが条件反射になってんだろ」

「なっ……冗談じゃねえ、何とかしろ!」

「それは無理。管轄が違うからな」


 そう言うと同時に、エンの体が空中に溶けるように薄くなり始める。「あ、もう時間か。恭平のせいでローストビーフ食い損ねた~!」と前置きしてから、エンはさらに言葉を続けた。


「俺は知ってるからな、あんたの本当の望み。それは何度虫けらに生まれ変わろうが絶対に叶わないし、あんた自身が一歩踏み出さないとどうしようもねえ事だ。いつまでもいじけてねえで、みなみを少しは見習え!」

「ぐっ……。この閻魔野郎……」

「みなみ、面倒事増やしてごめんな? この借りは絶対に返すから、何かあったら俺を呼べよ?」


 すうっと、姿が見えなくなるエン。それにほうっと息をつくと、真琴は真守にくるりと振り返る。案の定、真守の体はびくりと震えて反応した。


「くっそ……。ビビってんじゃねえよ、俺の体……!」

「恭平君のじゃなくて、真守君の体だからね?」


 ゆっくりとした足取りで真守の元まで行って、真琴は軽く前屈みになる。そしてゆっくりと下の方から右手を差し出すと、「行こう?」と促した。


「……どこへだよ?」

「パパとママの所。どうせさっきのも、今の自分の体の不慣れにいらだって暴れちゃったって感じでしょ? まあ、どっちにしても謝らないと」

「はあ? 何で俺が!?」

「八歳の男の子はね、悪い事をしたら素直に謝るのが自然なの。しかも真守君はすっごくいい子だったんだし……一緒に謝ってあげるから、ほら!」

 

 ひらひらと右手を軽く振りながら、真守の反応を待つ真琴。真守はふてくされたようにうつむいていたが、やがておずおずと真琴の手を掴んだ。


「言っとくけど」


 真守が言った。


「あいつらは、俺の両親なんかじゃねえぞ……。あんな奴らが、俺の親な訳……」

「かつての恭平君のじゃなくて、今の私と真守君の両親よ。だから、今の私達の事がバレて悲しませないようにしよう?」


 ね? と促してみても、真守はもう何も応えず、真琴の手をただ握っていた。


 何か事情があるはずだと、真琴は思った。


 確か「また人間として下らねえ人生を送らされるくらいなら、虫けらにでも生まれ変わった方がマシ」って言ってたっけ? でもエンは、それじゃ真守君の本当の望みは叶わないとも言ってた。


 どうして何度も虫なんかに生まれ変わりたいのか。もし何か協力できる事があるのなら……。


 そう思いながら、真琴は真守の手を引いて彼の部屋を出た。

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