第51話

真琴と真守。二人が共通している今生の記憶は、意地悪をしていた姉とそれを受けていた弟としての時間のみだ。


 二人が転生してくるまでの真琴と真守の関係は最悪だった。顔を合わせるたび、真琴は存在そのものが気に食わないとばかりに真守をいびった。いっそ清々しいまでの直情的な暴言はデフォルトと言わんばかりに日常茶飯事であり、暴力とまではいかないまでも、突き飛ばして転ばせてしまう程度の意地悪もよくやった。


 はっきり言って、この記憶は西村みなみとしては全く頂けないものだ。こんな見た目がかわいくて華奢な上、性格もおとなしくていい子の弟を日々いじめ抜いていたなんて、来世の自分ながらとても信じられなかったが、真守君の前世が同じ転生者である恭平君ならとも思えた。


 今から、ちょっとビンタしちゃうからね? 前世で伝説のヤンキーをやっていたのなら、女のビンタなんて牽制にもならないかもしれないけど、今生の私は真守君のお姉ちゃんだ。しかも、これからいいお姉ちゃんになるって心に決めた。


 だから、あまりにもおいたが過ぎる弟に、愛のムチなるビンタを。心を鬼にして、しっかりビンタを決める……!


 そう思っていた真琴だったが、その右手を振り下ろす事はできなかった。何故なら、目の前にいる真守はぎゅうっと両目を閉じて、その小さな手で頭のてっぺんをしっかりと覆い隠すようにしてうずくまっていたから。


 前世の記憶がない状態での真守だったら一気に罪悪感が湧き出てくるような格好だが、あいにく今の真守には井崎恭平としての記憶がしっかりある。ゆえに、本物の子供のようにぶるぶると震えている真守に向かって、エンが「おい」と声をかけた。


「あんた、何ビビってんの? みなみがビンタなんて、本気でする訳ねえだろ?」

「……えっ!? い、いや! そんな事分かってる!!」


 エンの言葉で、自分が今どういう状態になっているのか理解したらしく、真守は取り繕うように立ち上がった。


「この俺が、か弱い女子高生のビンタにビビる訳ねえだろ!? そんなもんよりもっと痛いもん食らった事だってあるんだぞ! 例えば木刀とかな!」

「ふうん? 本当に?」


 まるで強がりのように聞こえたので、真琴はもう一度右手を軽く振り上げる。すると真守は、まるで小型犬のようにぱっと部屋の隅まで走って壁に背中を押し付けた。しかも無意識だったらしく、そうしたとたんに「……何でだ!?」と喚き出した。


「体が勝手に動きやがる!? 俺は何とも思ってないのに、体が完全に姉ちゃんにビビってやがるぞ!?」

「今生の記憶による条件反射って奴だな」


 やれやれと首を横に振りながら、エンは半分おもしろそうに言った。

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