第50話

「百万歩譲って、人間に転生させたのは勘弁してやらぁ……」


 真守が言った。


「だがな! 何でこんなひょろひょろのガキになったのか、いまだに納得できねえ! 今生の記憶を辿る限り、ろくに鍛えてもいねえもんだから力は弱いし、とんでもねえレベルの運動オンチと来たもんだ! こんな女の腕さえ振りほどけねえなんて、情けないにも程があらあ!」


 確かに、と真琴は思った。


 真琴の方も今生の記憶を辿る限り、勉強の方にかなり力は入れているが、運動の方はさほど興味もなかったようで部活にも入っていないし、体育の時間に至っては冴島家のにらみを利かせて見学という名のサボりに徹している(明日からはきちんと参加しなければ……!)。


 ゆえに腕力は平均以下というべきか、どちらかといえば細腕と呼んでも差し支えないのだが、そんな真琴の両腕でも二人分の体をしっかりと押し留める事ができている。いや、エンに限ってはわざと力を緩めてくれているのだろうが、真守はおそらく違う。先ほどからずっと真琴の腕より逃れようとじたばたとしているが、彼女にその抵抗に伴う衝撃らしきものはこれっぽっちも伝わってこない。


 それだけ真守の体に力が入らないというか、子供の体の限界があると知って、真琴はうんうんと頷く。そしてエンの方の腕を離すと、今度は両腕を真守の両肩において、そのまま抑え込んだ。


「恭平君……ううん、真守君。お願いだから自重して?」

 

 真琴が言った。


「注意事項は覚えてるでしょ? いくら前世の記憶があるとしても、今生の真守君の人生をガン無視して好き勝手するのはダメ。ましてや、万一にも前世の頃の知り合いとばったり会って、その変わらないままの態度で接していったらどうなると思うの? もし名前呼ばれちゃったら……」

「うるせえ、知るか! いいから離せ、このブス!」


 ブ、ブス……!?


 反抗期の子供のように思えていても、さすがにブスという悪口は女にとって一番堪える。ちょっとショックを受けた真琴がさらに呆然としていると、そんな彼女を見たエンが「おい!」と声を荒げた。


「みなみは俺のお気に入りの人間だぞ! いじめてんじゃねえよ!」

「おいおい、何だぁ? この姉ちゃん、前世は人妻だったんだろ? 人妻がお好みたぁ、閻魔大王ってのはずいぶんマニアックな趣味してんじゃねえかよ」

「よっぽど舌を抜かれたいようだな、恭平ちゃん?」

「伝説のヤンキーにちゃん付けとは、ますます気に入らねえなぁ?」


 再びにらみ合うエンと真守。それにはっと我に返った真琴は真守の体を強引に自分の方へと向き直らせる、そして。


「真守君、いい加減にしなさい!」


 真守の肩から右手だけを離して、大きく振り上げた。

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