第三章

第47話

「……ふ~、またまたギリギリセーフってところだったな。しっかしあんた、俺を休ませるつもり皆無だろ? 閻魔大王にだって労働規定ってものは適応されるんだから、あんまりこき使うなよなぁ?」


 本気か冗談か分からないような口調でそんな事を話しているエンの声が聞こえてきて、真琴がうつむきがちに閉じていた両目をゆっくりと開くと、視界いっぱいに広がったのは冴島家の少し奥行きの所に位置している真守の部屋だった。


 先日、退院を控えた真守の為にと、母親と一緒に掃除をしたので見覚えがあり、真琴はほっと息をつく。ああ、例の旋風で私達をここまで運んでくれたのかと思いながら、真琴は顔を上げる。そして「別にそんなつもりじゃなかったわよ」とエンに文句を言ってやろうと動かしかけた口は、そのままぽかんと開いたままになった。


「やっぱりてめえの仕業だったのかよ、閻魔野郎。俺は人間に生まれ変わるくらいなら虫けらになって、やりたいようにやるって死魂水先案内所できっちり言ったはずだぞ!? それを何してくれてやがる!?」

「そういう訳にはいかねえのが、『死んでみたらワンチャンもらえるみたいなんで、ここは何の遠慮もなく転生させていただきます』キャンペーンの絶対条件だし、そもそも何回ワンチャンやるつもりだよ、あんた!?」

「うるっせえ! いいからさっさと俺を次の来世に連れてけ、このポンコツ閻魔野郎!」

「何だと~!? タダだと思って、無遠慮に注文しまくりやがって~!!」


 てっきり、エンは自分に話しかけているのだと思っていたのだが、そのエンが向かい合って大人げなく言い争っていたのは何と弟の真守だった。真守も真守で、八歳の子供には全く似つかわしくない乱暴な口調で目の前のエンを罵っている。


 さっきの真守の発言で何となく状況は掴みかけているが、ここはやはり……!


「ちょっと、エンやめてよ! こんな子供相手に!」


 ぱっと体を動かした真琴は、背中の向こうに真守を隠すようにしてエンに言った。


「ここまで連れて来てくれた事は感謝するけど、だからってそんな大声出して話してたら真守君も怖がって」

「怖い訳ねえだろ、こんなマヌケな閻魔野郎相手によ!」

「……だよね」


 ふんっと小さな両腕を組みながらそっぽを向く真守を肩ごしに見て、真琴は苦笑いを浮かべる。一方、エンもむうっと頬を膨らませるようにして言った。


「何だよ、みなみはそいつの味方か? 言っとくけど見た目は子供でも、中身は全然違うからな?」

「分かってる。今の真守君は、私と同じだって言いたいんでしょ? ひとまず自己紹介しておきたいんだけど、これって例外に入る?」

「……転生者同士・・・・・なら、問題ねえよ」


 エンのその言葉にこくりと頷くと、真琴はそっぽを向いたままの真守に向き直り、彼の視線に合わせるように軽く両膝を折った。

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