第45話

すっかり買い物に夢中になってしまい、真琴が冴島家に戻ってこれたのはそろそろ夕食の準備に差しかからないと間に合わないのではないかと思う時間の事であった。


 さすがに財布くらいは持っていたようだが、まさかその中身にお札や小銭が一つもなく、全て真琴名義のブラックカードばかりだったものだから、驚きを通り越して頭が真っ白になった。レジを担当してくれた従業員のおばさんも初めて見るであろうそれに口をパクパクとさせていて、「これでお願いします……」と言う事がどんなに恥ずかしかったか知れない。


 今度それで何かおごってくれよとからかってくるエンに、「ローストビーフができたら呼んであげるから、それまでおとなしく待ってて!」と追い返した真琴は、急いで冴島家の門扉をくぐり、そのまま玄関へと向かう。そして、急いで作らなくちゃと思いながら、その玄関のノブをぐっと握った時だった。


「きゃあ! お願いだからやめてぇ!!」

「落ち着け! 何がそんなに気に入らないんだ!?」


 分厚い玄関のドア越しに聞こえてきた、両親の悲痛な大声。それに添うように従業員やメイド達の悲鳴まで聞こえてきたので、真琴は大慌てでドアを開けた。


「パパ、ママ! いったいどうし……ええっ!?」


 買い物袋を持ったまま、玄関の奥へと続く廊下を走り抜けた真琴の視界の先に見えたのは、とんでもない光景だった。


 いったいどれだけ高価なのかと思えるほど、家の至る所に飾り付けられていた調度品の数々がものの見事に壊され、床一面がひどい有様になっている。今日の朝まで今生の両親と一緒に使っていたアンティーク調の食卓もぐちゃぐちゃに乱され、清潔感に溢れていた純白のテーブルクロスもあちこちにひどいシワと汚れができてしまっていた。


 それらに取り囲まれるようにして立ち尽くしていたのは、まるで信じられないものを見ているかのような両親の姿だ。そんな彼らの視線の先を真琴も追ってみれば、そこにあったのは、おそらく食卓の上に並んでいたであろう高級皿を乱暴な手付きで掴んでいる今生の弟・冴島真守の姿であった。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 うつむき加減になっている真守の口元から、ひどい息切れの音が漏れ出ている。まさか、これらは全部真守の仕業だと言うのか。いくら姉が恐ろしくて、帰ってきたくなかったとかんしゃくを起こしたとしても、この暴れぶりはとても八歳のそれとは思えないほどにひどい。まるで大の大人が全力で暴れ回ったかのような印象があり、真琴は思わずごくりとつばを飲んだ。

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