第44話




「……まさかの告白再チャレンジ宣言とはな~。みなみの息子は見かけによらず強かだな? それとも、ただの向こう見ずって奴か?」

「少なくとも、シゲちゃんのDNAを色濃く継いでる事に間違いはないわ……」


 放課後、成岡高校より少し離れたショッピングモールのスーパーの野菜売り場。そこで真琴は両手に持ったレタスを吟味しながら、隣に立つエンの言葉に深いため息をついた。


 電話でシェフに確認したところ、ローストビーフの元となる新鮮な牛ももブロック肉はあるものの、うっかりして添え付け用の野菜のストックが足りない事に気付いたと言うので、だったら学校帰りに買ってきてあげると返したら、彼は電話の向こうで素っ頓狂な声をあげた後、気絶でもしてしまったのか、バターンとものすごい物音を立てて電話が繋がらなくなってしまった。


真琴この子ったら、まさか一人で買い物をした事もないばかりか、メイドさんにあれもこれもと買い付けに行かせてただなんて。コンビニにも行った事ないとか、この近代日本であり得る? どれだけ箱入りなのよ……」

「大企業冴島コーポレーションを抱えてる一族なんだから、大体そんなもんなんじゃね? もしかしたら真守も似たようなもんだったりしてなあ?」

「今生の記憶の限りだと、スナック菓子どころかハンバーガーも食べた事ないみたいよ」

「マジか! この近代日本でそんなのあり得んのか!? あんなうまいものを食った事ないなんて気の毒すぎんだろ!」

「エン、スナック菓子とかハンバーガー食べた事あるの?」

「現世の事を知る為に、入社してしばらくの研修期間中はこっちに何日かいたからな」


 だから、ローストビーフって奴もどんなにうまいか知ってるぜ! とドヤ顔で言ってくるエンにちょっと笑ってから、真琴はさらに真剣な目でレタスを吟味し始めた。


 雄一の事は気がかりだが、今はもうすぐ冴島家に帰ってくる弟の真守君が優先だ。


 いくら事故のショックから立ち直りつつあると言っても、まだ八歳の小さな子供。おまけにそれまで、これでもかとばかりに姉から虐げられる日々を送ってきた可哀想な子なのだ。前世の西村みなみの記憶もあって、これまでの事をしっかり反省した今、今日からはとても優しいお姉ちゃんとして真守君に接してやらなければ。その最初の第一歩として、彼の大好物のローストビーフでしっかりもてなしてあげよう。その為に、妥協は決して許されないと、真琴はレタスの葉一枚一枚にも気が抜けなかった。


「……しっかし食い物で気を引くとは、何ともまあ古典的な手を使うなあ」

「うるさいわね! そうかもしれないけどシンプルイズベスト、これが一番効果的でもあるのよ! つべこべ言うなら、余った分を分けてあげないわよ?」

「えっ、ええっ⁉ まさか、俺の分も作ってくれる気だったのか!? みなみ最高、マジ神!!」


 閻魔大王から神だと言われてもねえ……。


 思っていた以上に喜ぶエンに苦笑しながら、真琴はしっかりと選び抜いたレタスを持っていた買い物かごの中に放り込んだ。

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