第38話




 翌日。真琴は登校してすぐ、図書室に立ち寄って料理に関する本を何冊か借りてきた。本来ならばあまり必要のないものではあったが、料理が大の苦手であるという冴島真琴の今生の在り方を考えれば、必要な事と言えなくもなかった。


(まさか小学校時代の調理実習も偉そうにふんぞり返って試食するだけで、後片付けも手伝わなかっただなんて……全くとんでもない悪役令嬢だわ!)


 改めて、こんな今生の人間を選んだエンのセンスの悪さを恨みながら、真琴は教室の自分の席で借りてきた本のページを適当にめくっていく。そんな中、ふとローストビーフのレシピが載っているページが目に留まった。


(あ、これ……真守君の一番の好物だ)


 仲良く取り分けて一緒に……なんて記憶は全くないが、それでも真守がとてもおいしそうに食べていた様ははっきりと思い出せる。これなら前世の頃にへそくりを奮発して何度か作った事もあるし、冴島の家なら材料は問題なく揃っているだろう。


「よし、今夜はこれで決まり!」


 真守君、喜んでくれるかなぁ……と浮き足立つような気持ちで、ぱたんと本を閉じたその時だった。


「冴島さん、何か料理作るの?」


 突然、降って湧いたかのようにかけられてきたその声に、真琴は心底驚いた。まさか、昨日の今日で話しかけられるだなんて夢にも思っていなかったからだ。当分の間、自分の方から接触するまいと決めていたのに……!


 しかし、話しかけられたからには反応しなくては。ここで無視を決め込むようでは、悪役令嬢以下の超最低な人間になり下がる。それは前世の母親としても、今生を生きる人間としても礼節に欠ける事だから……!


 ギ、ギ、ギ……と壊れているような音が出そうなほど、ひどくゆっくりとした動きで真琴はそちらを振り返る。案の定、そこには昨日の事などまるでなかったかのように、満面の笑みを浮かべて立つ雄一の姿があった。


「おはよう、冴島さん」

「お、おはよう……」

「今日はとてもいい天気だね」


 そう言って、自分の机の横に立つ雄一を見て、真琴は当然の事だが混乱した。


 何、どうしたのこの子? もしかしてエンが昨日の記憶を消しちゃった? それとも気にしてないふりでもしてる!? いやいやいや、我が子ながらそれはあまりにも鈍感って奴じゃない!? 昨日、私が何を言ったのか、何をしたのかちゃんと分かってる!? あなたのいじらしくて健気な告白を鼻で笑いながら一蹴したし、何ならあなたの目の前で、あなたの父親の腕の中に収まってたのよ!? それなのに、何でまたそんなふうに話しかけてきてくれるのよ……!


 あまりにも優しい笑みと声色を揃えて目の前に立っている息子を、思いきり抱き締めてあげたい。あなたのお母さんなのよと名乗り出たい。そんな気持ちをぐっと必死に押し殺して、真琴は低い声で言った。

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