第36話
「真琴ちゃん、本当に気分は大丈夫なの!? まだ調子が悪いようなら、今すぐお医者様を呼びましょうか?」
「う、うん! 本当にもう大丈夫! さっきは騒いじゃってごめんなさい、ママ」
夕食の時間。前世の西村みなみの時には味わうどころか一度として目の当たりにする事もなかった豪華な夕食が大きなテーブルにずらりと並ぶ中、真琴の母はもう何度目になるか分からなくなったほどの心配の声をあげる。それに全く同じ返答を繰り返しつつ、真琴は緊張と不安のあまり、よく味が分からなくなったごちそうを機械的に口へと運んだ。
あれから、母親や使用人達が部屋へと駆け付けてくるまでに、エンといくつかの取り決めをした。まず一つ、とりあえずほとぼりが冷めるまではあのアパートに立ち寄らず、茂之と顔を合わせない事。二つ、雄一には今生の真琴として、それまで通り意地の悪い接し方を続ける事。そして三つ、みなみが真琴として転生してきた最大の理由を決して忘れない事!
『前世の家族の幸せを見届ける事が、みなみの一番の目的だったはずだろ? 正体がバレたらそんな事すらできなくなっちまうし、いくら規則だからって俺も記憶消去だなんてひどい真似したくねえ。だから今はぐぐっと我慢して、冴島真琴としての言動と生活を守ってろ。いい案が浮かんだら、絶対に教えてやるから。な?』
そう言って、急いで帰っていったエンの言う事を今は聞くしかない。そう決めた真琴は、母親の心配する声を何度も躱していたのだが、食事の進み具合が遅い様子が気になったのか、父親が「真琴」と声をかけてきた。
「大丈夫と何度も言う割りには、全く食が進んでいないようだが? 具合が悪いのではなくメニューが気に入らないのなら、はっきりそう言え。取り替えさせるから」
「う、ううん! 大丈夫、パパ! ちゃんと食べるから!」
きっと見据えるような視線を向けてくる父親に、真琴は一瞬びくりと肩を震わせてから、急いで食事の手を早める。直吉とは全くタイプがかけ離れている父親像を持つ彼に、どうもいまだに慣れない。たくさんの社員やその家族の人生を支えている大企業の一員なのだから、大工一筋で生きてきた直吉とは気質が違い過ぎるのは当然だ。それを怖いと思った事はないが、今生の、しかも思春期を迎えた高校生の娘としてどう接していいのか分かりかねていた。
(お父さんと一緒に暮らしていた前世の時はどうしてたっけ……? それなりに反抗的な態度を取った事もあったけど、仲は悪くなかったよね……?)
今生の、目の前にいる父親とどういう会話をすればいいだろうか? とりあえず、今、口に入れた鶏肉の香草焼きの事を「これ、すごくおいしいね」と言ってみようかな……真琴がそう思った時だった。
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