第31話
「そうだ、冴島のお嬢様。息子の同級生のよしみで、一つ頼まれてくれよ」
へらへらと笑いながら、茂之がからかいとも本気とも取れるような口調で言ってくる。何を、と聞き返す間もなかった真琴の耳へと次に聞こえてきたのは、前世の頃はとても聞くはずもなかった言葉だった。
「あんたのパパに、俺の事を雇ってくれるように口添えしてくれねえか? お嬢様のボディガードはもちろん、パパの靴磨きでも何でもやっちゃうからってさ」
もう、我慢の限界だった。両目に涙の膜が張るよりもずっと早く、口元から離れた片手を思い切り振って、真琴は茂之の頬をぶっていた。バシンと、思いの外響き渡った甲高い音と共に、酔いが回っている茂之の体はふらふらとよろめくも、かろうじて玄関の枠を掴んで転倒は免れた。
「おいおい、何するんだよお嬢様……」
叩かれた頬が少し赤くなっているものの、大した事はないとばかりに真琴をにらみつける茂之。大して真琴の方は、口惜しくて仕方なかった。茂之を引っぱたくだなんて、みなみの時にだってやった事なかったのに。ましてや、初めて引っぱたく理由がこんなひどい事でだなんて……。
「何でよ、シゲちゃん……」
大声で泣きだしそうになるのを必死に堪えながら、真琴は震える声で言った。
「死ぬ時に私、あんなにお願いしたのに……。シゲちゃんと二人で、雄一の幸せを見届けたかったのに。それなのに、何でこんな……」
「は? お前、何言って……」
その時だった。二人の背後から、誰かが螺旋階段を昇ってきている気配がしたのは。しかも、かつて前世のみなみが勘違いをしてしまったほどに、ギイギイ……と独特の音を奏でながら。
通常であれば、もうすっかり聞き慣れてしまったその音に大した反応は見せなかっただろうが、ショックと悲しみでやや混乱している今の真琴では無理があった。一気に前世の記憶が蘇り、そして。
「……っ、きゃああ~! シゲちゃん、オバケが出た~~!!」
と、突進するような形で茂之の胸元に抱きつく。今度は全く耐え切る事などできず、茂之はとっさに真琴の体を支えつつも、玄関先で尻もちをつく格好で倒れていく。そのコンマ何秒の間、茂之のアルコール漬けの頭の中でも懐かしくて愛しい記憶が蘇っていった。
(……そうだ。あの頃も、あいつはギイギイうるさいのをオバケだ何だと言って、今みたいにビビって抱きついてきたっけ。俺が何度違うって言っても、全然聞かなくて。それに、俺の事をシゲちゃんって呼ぶのは、後にも先にもあいつだけだった……!)
「お、前……?」
自分の胸の中で居もしないオバケに怯えている女子高生にかつての愛しい
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