第28話

そのような生活が何年も続いて、雄一が中学三年生になった年。彼が成岡高等学校に進学したいと言い出した時は、直吉はあまりいい顔をする事ができなかった。


 確かに成岡高校は名門とも呼べる進学校だし、そこに通う事ができれば将来の選択肢もうんと広がる。だが、働きもしない遊んでるだけの父親の面倒を見てばかりで、ろくに勉強もできない環境にいる孫のそんな希望を、果たして手放しで賛成していいものか。わざわざそのような難関校を選ばなくても、もっと堅実でそこそこの学校を選ばせてやった方が、先々の苦労も減るのではないかと思ったのだが。


「大丈夫だよ、おじいちゃん。僕、一生懸命勉強して、苦労かけたお父さんに楽をさせてあげたいんだ。僕達の事はあまり気にしないでいいから、ね?」


 そう言って、限られた時間の中で猛勉強をした雄一は、奨学金制度も利用して、見事に成岡高校への入学を果たした。今も一生懸命勉学に励みながら、楽しく学校に通っているとLINEのメッセージで時折連絡をくれる事に、直吉はほんの少し安堵したものの、息子のそんな努力を一番近くで見ていても、全く生活態度を改めようとしない茂之には腹が立って仕方なかった。


 雄一は本当にいい子に育ってくれた。もしかしたら、一度もその腕に抱かれる事なく逝ってしまった母親のみなみよりも。こんな半分以上育児放棄しているような父親を蔑む事もなければ、高校入学後も努力を怠る事もなく、日々を懸命に生きている。そんな健気な孫を、これ以上ひどい環境に置きたくないと思うのは、果たして余計な世話と言えるのだろうか。いや、決してそうではないはずだ。


「お前がこれから先の人生も投げやりに生きようが、もうワシは関知せん。好きにしたらいい、だが雄一はお前とは違うんだ」

「……やだな、おじさん。昔みたいに、シゲって呼んで下さいよ。他人行儀だなぁ」

「お前がこんなふうになると分かっていたら、永遠に他人でいたかったわ!」


 すくっと立ち上がると、直吉はいまだへらへらとしている茂之に向かって、はっきりと言い放った。


「お前がどんなにごねようと、近日中に雄一は引き取らせてもらう! そうでなければ、天国のみなみに申し訳が立たん!!」

「……」

「恨むなら、みなみへの誓いを守れなかった不甲斐ない己自身を恨め! このバカ婿が!!」


 最後にそう言い切ると、直吉はドスドスと大きな足音を立てて部屋を出て行き、そのまま螺旋階段の所まで一気にやってきた。それまでずっとそこから二人の話を窺っていた真琴だったが、直吉が来ると分かったとたん、壁にべたりと体を貼り付かせて気配を押し殺す。もちろんそんな事で姿が消える訳でもなかったが、怒り心頭で視界が狭まりでもしていたのか、直吉は壁に貼り付いている真琴に一切気が付く様子も見せず、螺旋階段を乱暴に降りていった。

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