第27話

「おじさんの説教なら、もう耳タコですよ」


 どかりと目の前に座り込んだ直吉を見て、茂之はふてくされたように言った。


「このご時世、いい仕事って奴はなかなか見つからないんですよ。別に問題ないでしょ。失業保険はまだあるし、たまに日雇いにも行ってますから、今すぐ飢えて困るなんて事もないんで、そうしょっちゅう様子見に来なくても」

「ワシが心配してるのは雄一だ。それと、おじさんはもうやめろ。いつまでも小さい子供じゃないんだぞ、お前は」

「へいへい、お義父さん」


 これっぽっちも真面目に話を聞こうという素振りを見せない茂之に、直吉の怒りはさらに上がる。やはり、雄一をこんな男に託すのではなかった。こんな父親の元で暮らしてきて、孫がどれだけの苦労を味わっているか。天国のみゆきにも、申し訳がない……!


「それで? 今日はいったい何のご用ですか、お義父さん?」


 いつもなら菓子折りの一つでも持ってくるのに、今日に限ってて何も持って来ていない直吉の様に、茂之は不思議そうに首をかしげる。直吉は「やはり何も考えていなかったか……」と前置きしてから、話を切り出した。


「もう再三に渡って話してきた事だが、やはり雄一はワシの家に引き取ろうと思う。今日はその事で徹底的に話し合おうと思ってきた」

「……またまた~。お義父さんもしつこいっすねぇ、その話は何度も断ったじゃないですかぁ~」


 へらへらと笑いながら、茂之は伸ばした手の先にあった缶ビールを掴む。だが、その中身が空と知ると、ちぇっと舌打ちをして部屋の隅へと放り投げた。


「俺は雄一の父親で、雄一は俺の息子ですよ? 親子水入らずで暮らしている事の、何がそんなにご不満なんですか?」

「この部屋の様とお前の体たらくを見て、不満を持たない身内がいるというのなら出してみろ!」

「不満を持たない奴ならいますよ? 雄一本人がそうです」

「雄一は不満を持っていないんじゃない。何も言えないだけだ、お前みたいな奴でも父親なんだから……!」


 相も変わらない態度を見せ続ける茂之に、直吉は両手のこぶしを苛立たしげに握りしめた。


 みなみが亡くなって最初の数年は、茂之も人並みの父親として日々奮闘してくれていた。みなみの分まで雄一に愛情を注ぐ、その為なら再婚などするまいとまで言ってくれたし、こちらが必要以上に手を貸すのは野暮だと思わせるほどに仕事と子育てを両立させていた。


 だが、雄一が小学校に上がる年の事だった。度重なる不景気の煽りを受けて、茂之が当時勤めていた会社にリストラされてしまったのは。しかも、会社の規定にある育休制度を使うだけならまだしも、幼かった雄一の体調不良などから早退や欠勤を頻繁に繰り返してきた為と、あまりにも理不尽な理由でのリストラだった。


 それからだった。茂之が己の人生に価値を見出せなくなり、今のようなだらしない生活を始めるようになったのは。やっとまともな仕事を見つけてきたかと思えば、数ヵ月程度で辞めてしまうかクビになるかで全く長続きせず、そのたびに失業保険や日雇いで食い繋ぐ日々。そのお金も一気に賭け事に費やしてしまうものだから、生活は荒れるに荒れる一方だった。

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