第25話
小一時間後。真琴は、前世の西村みなみとして暮らしていたアパートに向かって歩いていた。途中、朝の運転手から「お迎えに伺います」との電話がかかってきたが、「私は大丈夫だから、臨月の奥さんの方を優先してあげなさい」とやんわり断れば、また朝と同じく泣いて喜ばれた。
雄一にもこれくらい優しい言葉をかけてあげられたら。告白を断るにしたって、もうちょっと言い方ってものがあったでしょうに。どうして、この冴島真琴という今生の女の子は、こうも性格悪く育っちゃったのかしら。雄一も、わざわざこんな性格悪い子を好きになる事ないのに……。
そんな事を考えている間に、真琴の視界に生前暮らしていたアパートが見えてきた。
ああ、本当に懐かしい。安アパートだから立派な佇まいとは言えないし、二階部分に続く螺旋階段なんか相当古くて所々がさび付いてるから、誰かが昇り降りする度にギイギイ音を立ててうるさかったっけ。そのせいで最初にここに引っ越してきた頃、何度も「オバケが出た!」とか騒いで、落ち着くまでずっとシゲちゃんにしがみついていた事もあったよね……。
まるで昨日の事のように思い出せる前世の記憶に、ついうっすらと滲んできた涙をそっと拭う。そして、立ち止まっていた足を再びアパートに向けて動かし始めた。
さっきの事を謝らなきゃ、と思ったのだ。どう考えても、さっきの言い方はひどすぎる。エンはやめておけと言っていたが、せっかく転生できたんだから、ちょっとくらい上手く立ち回って、悪かったと思った事は素直に謝る程度のいい子になってもいいじゃないか。いくら性格や口が悪くても、分別の良し悪しすら分からないのはあまりにも救いがなさすぎる。
それにこのままの性格で行ったら、将来誰かの恨みを買って、背中からズブリ……なんて事もあり得るかもしれない。そう考えただけで、真琴の背中にうすら寒いものが走った。
「……とにかく、さっきの事を雄一に謝る! そして、改めて告白はやんわりと断って、シゲちゃんの様子もしっかり見る! 二人の今の幸せを見届けて、ミッションコンプリートよ!」
再度、自分が転生してきた目的を確認し終えた真琴は、ギイギイと音を立ててうるさい螺旋階段をゆっくりと昇る。西村みなみと茂之が暮らしていたのは、このアパートの二階の一番右端の部屋だった。夫婦二人と、やがて新しく生まれてくる子供と一緒に暮らすにはちょっと狭かったかもしれないが、それでも日当たりが一番いいし、近くに大きな騒音を立てるようなものは何一つなかったから、とても居心地のいい住まいだったのだ。
本当ならここで、親子三人幸せに暮らせていたんだろうな……と思いながら、真琴が螺旋階段を昇り切った時だった。真琴が目指していたその二階の一番右端の部屋から、「このバカもんがぁ!」という怒鳴り声が聞こえてきたのは。
そのあまりにも聞き覚えのある声に、真琴は驚きつつも、そうっと螺旋階段の一番上の段から首を伸ばして様子を窺った。
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