第20話
「どういう事よ、エン!? その都度、注意してくれるって言ってたじゃない! 何だったのよ、さっきのは!?」
朝のホームルームが終わった直後、真琴はエンを一年三組の教室からずいぶんと離れた防音性の視聴覚ルームまで連れ出し、大声で詰め寄った。ああ、やっぱりなとある程度の覚悟はしていたのか、エンは真琴の大声に両耳を押さえながら答えた。
「これも、みなみの想像通りで間違いねえよ。今生の人間に、とりわけ雄一に、冴島真琴が実は死んだ母親の生まれ変わりだってバレないようにする為の一種の処置って奴さ」
「処置って……さっきの、あの勝手にしゃべりまくった嫌味が!?」
「今生の記憶があるんだから、知らないなんて言わせねえぞ? 元々、冴島真琴と西村雄一は同じ推薦枠で異例の同時合格を果たしたライバル同士だっただろ? とは言っても、雄一の方はさほど気にしてねえっていうか、真琴の方が一方的に絡んで嫌味を連発してただけのようだがな」
エンの言葉に、真琴はうっと息を詰まらせた。
エンの言う通り、今生の記憶を辿ってみれば、いつだって成績の事で突っかかっていたのは真琴の方ばかりだった。雄一はそれをいつも少し困った顔で受け止めるか、時には寂しそうにうなだれるかで、一度だって言い返してきた事がない。そんな今生の己を、改めて真琴は憎々しく思った。
「さっきは転生してきてよかったって思ったけど、今は取り消してしまいたい気分……! まさか今生の自分が、弟どころか前世の息子までいびり倒そうとしている悪役令嬢だなんて思いもしなかった……!」
「そんなにへこむ事かぁ? 一応、目的の半分は達したんだし、むしろメチャクチャ都合がいいじゃねえか」
真琴の……いや、人間の苦悩などよく分からないとばかりに、エンは小首をかしげながら言った。
「今生の冴島真琴なら、少なくとも平日は同じクラスメイトとして雄一の事を見守ってやれるし、嫌味という形で叱咤激励もしてやれば勉強だってさらに身が入るだろ? 我が子の成長を見守り、時には促してもやれる最高のポジションだと思うけどな?」
「いいえ、最悪のポジションだわ。やり方がひどすぎて、これじゃ前世の母親って以前に人として嫌われまくるじゃない!」
例え今は他人であったとしても、かわいい息子にいつか正面切って「冴島さんなんか嫌いだ!!」などと言われてみようものなら、もう立ち直れない。そのままズブズブと地獄行きの沼に沈み込んで、二度と浮かび上がってこれないだろうという予感が真琴の心をずんと占めていった。
「……まあ、なるようになるって!」
何の根拠もなしにそう言いながら、どんよりとうなだれる真琴の肩をバンバンと叩くエン。思わず反射的ににらみ返す真琴だったが、そこでエンの体が透け始めている事に気付いた。
「ちょっ……まさかこのタイミングで帰る訳!?」
「安心しろって。俺がこの学校中にかけた六道 閻の存在暗示はかけっぱなしにしてあるから」
「そっちを心配してるんじゃなくって!」
「だてに前世で二十四年生きてきた訳じゃないだろ? それから転生まで十六年として……合計四十年も存在していたんだから、ちょっとは頭回してうまい具合に事を運べよ。ただし、注意事項を破らない範囲でな?」
じゃあ、また何かあったら呼んでくれ。最後にそう言い切ると、エンの体は完全に消え去って見えなくなってしまった。それと同時に一時間目まであと五分の予鈴チャイムが鳴ってしまったので、真琴はもう何の文句も言う事もできないまま、急いで教室に戻るしかなかった。
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