第15話

着替え終わって自分の部屋から出た後も、真琴を悩ます展開は続いた。


 廊下をすれ違う使用人やメイド達から道を譲られつつ、「真琴お嬢様、おはようございます」と深々と頭を下げられる。そのたび、真琴も立ち止まっては「おはよう」とあいさつを返すものだから、皆が皆、ひどく驚いた。


「真琴お嬢様から、あんなに優しく挨拶を返していただけるなんて……」


 中には先ほどのメイドのように感極まって泣き出す者達もいたので、そんな彼らを宥めていたら食堂に入る時間に少々遅れてしまった。しかし、父親も母親もたしなめるどころか、まだ体の調子が悪いのかと心配してきてくれた。だが。


「お前も冴島コーポレーションを担う家の者だ。やがては結婚相手と共に真守をサポートしていかなくてはいけないんだから、体だけは大事にしないとな」

「そうよ、真琴ちゃん。パパもママも、二人の事がとっても心配なんだからね?」


 ああ、何だろう。このいかにも財閥とか大手企業を営んでいる家にありがちな不毛な会話は……。


 もっと他に楽しむべき話題はいっぱいあると思うのに。少なくとも西村みなみであった頃は、茂之といつも楽しい話で盛り上がっていた。いや、特別楽しい話題ではなかったとしても、家族で語り合っているという事実だけでそこにささやかな幸せというものは芽生えてくるはずなのに。


 西村みなみとの時とは明らかに質が違う幸せに戸惑いながらも、真琴は「そうだねパパ、ママ」と答えた。


「二人だけの姉弟なんだから、真守が退院したら、もうずっと仲良しでいようと思ってる。温かく見守ってもらえると嬉しいな」


 冴島真琴としての性格は分かっていても、これまでさんざんいじめてきただろう弟の事を思うと、とてもこの場で反発めいた事は言えない。そう考えた上での発言だったが、やはり両親共にひどく驚き、そして喜んでいた。


「真琴、ついに分かってくれたのか……!」

「ほらあなた、言った通りでしょう。真琴ちゃんもやっと妬みや僻みを捨てて、真守ちゃんに心を開いてくれたのよ……!」


 妬みや僻みって……やだな。性格が悪いと何でもかんでも卑屈に受け取った挙げ句、弟をいじめるに至るのかな……。


 本当に気を付けないとと思いながら朝食を済ませ、皿を下げに来た専属のシェフに「ごちそう様でした、おいしかったです」と告げると、そのシェフにも「真琴お嬢様に初めてお褒め頂き、とても嬉しいです……!」と泣かれてしまい、真琴は今生で行ってきたであろう己の傍若無人ぶりにますます頭を痛めた。

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