第14話

翌日。朝から真琴はげんなりとした気分で、家の中を歩いていた。


 まず起き抜けの事。目覚ましが鳴るよりも早く目を覚ました真琴がベッドの上で上半身を起こしてみれば、その傍らにはすでに一人のメイドがシワ一つないきれいな制服を手に待機していたのだから、思わず家じゅうに響き渡りそうなほどの悲鳴をあげそうになった。


「な、な、なっ……!?」

「お、おはようございます、真琴お嬢様っ……。ほ、本日の制服は、こちらになりますっ……!」


 自分より二、三歳ほど年上に見えるその若いメイドは、まだ新人の域を超えていないのだろう。ひどく緊張した面持ちと声色を併せ持ち、制服を差し出してくるその両腕も震えている。こんな朝早くから仕事だなんて大変だろうなと思いながら、真琴は優しい手つきで制服を受け取った。


「おはよう。制服持って来てくれて、ありがとうね」

「えっ……!?」


 『元』西村みなみの時から培ってきた常識的な挨拶とお礼の言葉を、何の問題もなく口に出したつもりだった。だが、その若いメイドはそんな事をしてもらえるとは露とも思っていなかったばかりか、空っぽになった自分の両手の手のひらを鼻や口の周りに充てて涙ぐみ始めた。


「ま、真琴お嬢様っ……! そんな、もったいないお言葉を……!」

「え、いやいや……こんなの当たり前の挨拶で」

「い、いいえ。私がいろいろ未熟なせいで、真琴お嬢様にはこれまでたくさんのご不便をおかけしてきました。そのたび、真琴お嬢様から叱責を受けてきたので、私、もう自信がなくなってて……でも、今やっと、報われた思いですっ……!」


 ああ、思い出したと、真琴は頭が痛くなった。


 目の前にいるこのメイドは、確かに自分の世話係をしてくれているが、どうにもドジっ子気質があるらしく、何度も失敗をしでかすたびに必要以上の暴言をぶつけてきたんだった。「あんたみたいな役立たず、初めて見たんだけど」とか「それでパパからお給料がもらえるんだから、本当にお気楽でいいわよね」とか「メイドやるより、田舎に帰って分相応に暮らせばぁ?」とか……。


(本当、今生の私って性格悪すぎ。エンはああ言ってたけど、いいお嬢様だって皆に認めてもらえるよう、今生に影響が出ない範囲でちょっとずつ頑張ろう……)


 そう考え直した真琴は、メイドに改めてお礼を言った後、ベッドの脇にあるチェストの中から新品のハンカチを取り出して彼女の涙を拭ってやった。そして、「これまでの非礼のお詫びに、それあげるわね」と言うと、メイドはますます泣いてしまって真琴は匙加減の難しさを思い知った。

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