第13話
念の為に行われた精密検査も終わり、どこにも異常が見られないと診断された真琴は退院する事ができた。だが、弟の真守は意識こそ回復したものの、事故によるショックのせいか混乱が治まっていないようであり、もう何日か入院し続ける事になった。
「元来の気弱さが悩ましい子だが、それでも冴島コーポレーションの将来を担っていく一人なんだ。気になるところはしっかり治してもらおう」
父親はそう言って妻や娘を安心させようとしたのだろうが、真琴はますます申し訳ない気分になった。
(そうだった。真守君は本当に気の弱い子で、私が悪口を言うたびにビクビクしていたっけ……。退院してきたらちゃんと謝って、何かおいしいお菓子でも作ってあげようかな……)
幸い、西村みなみだった時は料理やお菓子作りは得意だった。その記憶もあるから、やろうと思えばいくらでも作る事ができる。本当は茂之や徐々に大きくなっていく雄一に食べさせてあげたかったが、それは叶わない分、今生の弟にしてあげようと思いながら、真琴は両親と共に家路についた。
今生の住まいである冴島家は、死魂水先案内所で出した書類の希望通り、前世に住んでいた安アパートから一キロ程度しか離れていなかった。日本で有数の大企業の経営者一家の自宅だけあって、前世の時とは全く比べものにならない豪華で荘厳な造りの一軒家に加え、何十人といる使用人やメイドたちの出迎えについ固まってしまったが、それでも今生の記憶に従い、迷う事なく自分の部屋へと入った。
「ふう……」
明日から学校だし、夕食の時間までゆっくり休みなさいと言ってくれた両親の言葉はありがたく、真琴は天蓋付きの大きなベッドにどさっとと仰向けに倒れ込む。上質なシーツに包まれたそれは寝心地がとてもいいし、シミ一つない真っ白な壁紙や天井、そして高そうな装飾が施された勉強机も今生を生きる自分の物だと思えば、悪い気はしないでもない。だが。
「ねえ、エン」
天井を仰いだままで真琴が呼ぶと、「何だよ、みなみ?」と空気の中から滲み出てくるようにエンがその姿を現す。やっぱり昨日言った通りのポリシーを貫く気が満々のようで、学ランは着たままだった。
「私、やっぱり混乱してるのかな……。前世の時は、こんな贅沢なものに囲まれた事ない。茂之と一緒に暮らしてた安アパートが、ものすごく懐かしいの……」
「それこそ、贅沢な悩みって奴だな」
「そうだね、でも嬉しい。今でも茂之が雄一と一緒にあのアパートに住んでるんだって事が分かって……」
「……」
「これから、いつだって二人の様子を見に行ける訳だけど……よかったら、ちょっとだけでいいから前情報ってのを教えてくれない? やっぱり心の準備をしておきたいし」
「……悪い、みなみ」
管轄や担当が違うから、閻魔大王は今生を生きてる人間の詳細な管理や把握はできねえんだ。申し訳なさそうにエンが指先で頬を掻くと、真琴は「そうだよね」と苦笑を浮かべた。
「じゃあ、さっそく明日、学校帰りにでも行ってくる」
「分かった。でも、あんまりムチャするんじゃねえぞ?」
「うん……」
小さく笑うと、真琴は夕食の時間まで眠る事にした。少しでも大きくなった雄一の姿をひと目でも見られる事を期待しながら……。
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