第10話

そうして次に彼女の意識が浮上し、重いまぶたをゆっくりと開けていった先に見えたのは、清潔そうなベッドの上で横たわっていた自分に向かって、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を覗かせてくる和服姿の中年女性だった。


「ああ、真琴まことちゃん! やっと気が付いたのね! よかった、本当によかった……!」


 心底安堵したとばかりに抱きついてくるその中年女性の様に圧倒された事もあったかもしれないが、そこで『元』西村みなみは、無事に転生できたであろう今生の己についての記憶もしくは情報というものについて頭の中で素早く整理し、理解する事ができた。


(今生の私の名前は、冴島真琴さえじままこと。今年で高校一年生の十六歳。家族は両親と八歳年下の弟との四人家族。父親は冴島コーポレーションって大きな会社を一族経営している専務職。母親は確かお花の先生で……ああ、そうそう。今、私に抱きついてるこの人だ)


 『元』西村みなみ――いや、『現』冴島真琴はちらりと視線を動かして、自分をしっかりと抱きしめている中年女性を見やる。西村みなみとしてもっと長く生きる事ができていたなら、おそらくはこの母親と同世代になっていたんだろうな。私もこんなふうに、雄一を心配するような母親になっていたのかな……。


 そんな事を思いながら、真琴はゆっくりと口を動かす。今の現世を生きる真琴が『どのような性格の人物』であるかという事をすっかり失念したまま。


「ごめんなさいママ、心配かけて……。私はもう大丈夫だから、どうか弟の所に行ってあげて?」


 これは百点満点の返事だろうと、真琴はひそかにふふんと鼻を鳴らした。


 確か直前の記憶からの情報だと、家族皆で車で出かけていた際、大きな交通事故に巻き込まれてしまったはずだ。乗っていた高級車は悲惨な姿になってしまったけど、幸い家族の誰もが擦り傷一つ負わずに助かった。でも、私と弟は事故からずっと気絶しちゃってたものだから、こうやって病院に運ばれて……。あれ、そういえば弟の名前って何だったっけ……?


 何故か弟の名前だけぽっかりと抜け落ちてしまったかのように思い出せず、こてんと首をかしげる真琴。美少女と呼んでも全く支障のない女子高生のそんな仕草は、傍から見てもかわいいものである。だが、そんな娘の母親であるはずの中年女性はとても信じられないとばかりに大きく両目を見開き、抱きついていた体を慌てて引き離した。


「ま、真琴ちゃん。あなた……」


 震える声で、中年女性――いや、真琴の母は言った。

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