第9話




「え? あ、あの……」

「そもそも何よ、その陳腐な告白は? この私と付き合いたいっていうんなら、もう少し気の利いた口説き文句の一つや二つ用意できない訳!? まあ、あんたみたいな男にそんな芸当ができるはずないんでしょうけど。モブはモブらしく、雑草でも食べて隅っこで慎ましくしてればぁ?」


 自分でもドン引きするくらいの罵倒の数々に、『元』西村みなみである彼女はとても信じられない思いであったが、それでもその口は全く閉じる事なく、目の前の男子を詰り続ける。頭の中では「ダメ、それは言いすぎ」「もういいでしょ、やめなさいよ」と何度も叫ぶのに、決して彼女の言葉は止まらなかった。


 何故、どうしてこんな事になったんだと『元』西村みなみは懸命に思い出す。転生先の人生は、どのようなものであったかを。


 そう。あれは確か、あんなにたくさんいた人々が誰もいなくなってしまった死魂水先案内所での事。もうどれだけ一人で待ち続けたかと思った頃になって、エンが意気揚々と飛び込んできたのが始まりだった。







「みなみ、おっ待たせ~! ついにあんたの順番が来たぜ~!」


 それなりに長い時間待っていた事で、エンとはたいぶ親しげに話し込む間柄になっていた。見た目はほぼ同じ年頃なのに、実は自分より五十倍も長く生きているのだと聞かされた時はさすがに驚いたが。


「しっかし、参ったぜ。あんまり長く待たせ過ぎたもんだから、課の連中が俺とみなみの仲を誤解してさ。死人の魂に手を出すなんて何考えてるんですかって、さっきも赤鬼のお局様から意味不明な説教食らったところだよ」

「あはは。そりゃあ、エンが仕事をサボってしょっちゅうここに来るからでしょ?」

「おいおい。俺は転生していく皆のアフターケアまでばっちりこなす、超優秀な閻魔大王様だぜ? サボってるだなんて人聞き悪い事はよせよなぁ」


 ひと通り笑い飛ばしてから、急にエンは真剣な表情になる。それを見て、みなみはもう何度となく聞かされてきた質問が最後にもう一度来ると思って、ぐっとその身を固くさせる。そして案の定、その質問はエンの口からやってきた。


「本当にいいのかよ、旦那と息子の幸せを見届けるだけって……。先に転生した人間の中には、また家族と一緒になって幸せに暮らしてる奴だっているんだぜ?」

「うん、大丈夫。もう決めた事だから」


 みなみは首を緩く横に振って、しっかりと答えた。


「今の茂之と雄一の幸せを、万が一にも壊したくないから。それが私の望みなの」

「あんたって奴は、本当に欲のない人間だな。まあ、そこも気に入った理由なんだけど」


 そう言うと、エンはすうっと片腕を伸ばして、みなみの額にその手のひらを押し当てる。すると、そこから彼女の体じゅうが一気に熱くなって、大きな光に包まれた。転生が始まったのだ。


「何かあったら、空に向かって俺の名前を呼べ。すぐに駆けつけてやるからよ」

「……何にもないと思うけど、もしもそうなったらシクヨロね」


 初めて会った時と同じような挨拶を交わすと同時に、みなみの姿はまばゆい光に飲み込まれて、あっという間に死魂水先案内所から消え失せていった。

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