第8話

「ああ。あんたは確か……」


 エンは手元の閻魔帳をパラパラとめくった後、あるページに指を止めてから言った。


井崎恭平いざききょうへい、享年十九歳か。若い身空でヤケになるのも分かるけど、まあ落ち着けって。この俺様が悪いようにせず、アフターケアもばっちりの親切ていねいな転生をさせてやるから」

「うるせえ! また人間として下らねえ人生を送らされるくらいなら、虫けらにでも生まれ変わった方がマシってもんだぜ!」


 くそったれが! と最後に毒づくと、男――井崎恭平は大きな足取りでエンに近付き、その胸元に握り潰していた書類を乱暴に押し付ける。エンがそれを何とか受け取ると、彼はくるりと踵を返して死魂水先案内所の外へと出て行ってしまった。


「あ~あ、怒らせちまったか。やだね、若い奴は我慢するって事を知らねえから」


 彼とさほど変わりない見た目をしているくせに、エンはやれやれと肩をすくめる。一連の様を見て、他の者と同様にみなみも心中穏やかではなかったが、すぐに何度か深呼吸をして落ち着きを取り戻した。


 大丈夫大丈夫、他の人の事は気にしない。私は、自分が転生する事だけを考えて、自分の思いを全うしよう。


 そう考えると、みなみは他の者達と同様、書き終えた書類を持ってエンの元へとゆっくり歩く。そして、それをしっかりと彼に手渡した。


「これでお願い」

「……うん、OK。でも、本当にこれでいいのか?」


 エンはさっと書類に目を通した後で、みなみに聞いた。


「この希望だと、他の人達よりだいぶ後になっての転生になるぜ? 待ってられるのか?」

「もちろん」


 みなみはにこりと笑った。


「むしろ、楽しみが倍増するって感じよ。それだけ大きくなった息子と、年を重ねた夫に会えるんだから」

「母親になった女は、妻であった時よりもさらに強くなるってか。いいね、気に入った!」


 エンは懐から大きな承認判を取り出すと、勢いを付けてみなみの書類に判を押した。


「他の人達もそうだけど、あんたの新しい転生先の人生、この136代目閻魔大王様がしっかりと見届けさせてもらうぜ。気張って生きていけよ、『元』西村みなみ!」

「ええ」


 みなみはしっかりと頷く。そしてエンから転生の順番を告げられるまで、この死魂水先案内所にてその時を待ち続けたのである――。

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