第5話

「少なくとも私は、閻魔大王様に何かされるほど悪い事したような覚えはないんだけど?」


 みなみは、自信を持って言う事ができた。二十四年という短い人生の中で、過ちを一度たりとて犯した事はないなどという傲慢さなど持ち合わせていないが、それでも地獄の裁判官とも称されている閻魔大王の前に連れられてきた挙げ句、拷問とも言えるような裁きを言い渡されるほどひどい行いをしてきた覚えはない。ごく平凡な人生を送ってきたし、その平凡さの中に決して替えなど効かない幸せが上乗せされて、それらを噛みしめつつ穏やかに生きていけるはずだったのだ。


 これでもし、理不尽な事を言い出してくるようものなら、ダメ元で思いっきり暴れてやるんだから。そう思いながらぐっと身構えていたみなみだったが、次に聞こえてきたエンの意外な言葉に思わず目を丸くして驚いた。


「え? うん、分かってるって。あんた、西村みなみだろ?」


 そう言うと、エンはひょいひょいと軽い足取りでさらに皆の間をすり抜けるように歩いてきて、やがてずいっとみなみのすぐ目の前にやってきた。そしてキトン服の懐にパスケースをしまい、代わりに表紙に『閻魔帳えんまちょう』と書かれている黒いメモ帳のようなものを引っ張り出すと、そのページを勢いよくめくり出した。


「ああ、あったあった。西村みなみ、享年二十四歳。こんなに若いのに、夫や生まれたばかりの息子を置いて逝くのは、さぞかし心残りが強かったろ?」

「そ、それはまあ……」

「他の皆もそうだろ? 死んだ年齢や性別、生きてきた場所はそれぞれ違ってても、『もっとああすればよかった』とか『もっと違う人生を送ってみたかった』とか、大なり小なりあるんじゃね?」


 そんなの決まってる、そう言いたげにほとんどの者が顔をしかめる。みなみだって、その一人だった。


 叶う事なら、夫や息子と一緒に生きたかった。あとほんの少しだけ体が丈夫であれば、それくらいできたはずなのに。息子の成長を間近で見て、夫と一緒に年を取る。そして、それなりの年齢になってから「私の人生、最高によかった」と言えるような、そんな一生でありたかった。


「ぅ……」


 それが急に悔しく、悲しくなってきて、ぐっと我慢してきたはずのみなみの両目から涙がこぼれ落ちる。それは皆も同じようで、中には感情の赴くまま大声で泣きだす者までいた。


 そのような中、エンは先ほどと全く変わらないテンションを保ったまま、明るく響き渡るような声で言った。


「そんなあんたらに、ビッグニュース! 我が輪廻転生株式会社は昨今の人間の流行に乗っかりまして、新たなるサービスを実装開始しました! 題して『死んでみたらワンチャンもらえるみたいなんで、ここは何の遠慮もなく転生させていただきます』キャンペーン!!」


 はい、拍手~! と、エンは長い両腕を天井に向かって伸ばし、少し厚めの手のひらを何度も打ち鳴らす。みなみも他の者達もその高いテンションについていく事ができず呆然としていたが、エンは全く構う事なく、どんどん説明をしていった。

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