第4話

いやいや、ちょっと待ってほしい。今、目の前にいるのが閻魔大王様? 格好は確かに立派だが、どうも性格はひどく軽薄そうなあの男が?


 それはみなみだけではなく、この場にいる全員がほぼ同じ事を思った事だろう。少なくとも日本での閻魔大王に対するイメージは、決してこんなものではないのだから。


「おいこら、兄ちゃん! オラが田舎者だからって、嘘こくでねえぞ!」


 今度はひどくよぼよぼとした老人が、手に持っていた杖を男――エンに向かって突き付けながら言った。


「オラの知ってる閻魔大王様ってのは、もっとおっかねえお顔立ちをしているもんだ。格好やしゃべり方も毅然とされていてな、悪い事した人間の舌を容赦なく抜いちまうんだって教わってきたんだ! 兄ちゃんみたいに若造な上、そんなにチャラチャラしてる訳ねえべ!」

「あ~……やっぱりそう思う? 思っちゃうよなぁ~」


 老人の指摘に、エンは決まりが悪いかのように指先で頬を掻く。そして少しの間考えた後で、「よっこらしょっと!」と声を出しながら、玉座から身軽に立ち上がった。


「まあ、そうだよな。それって俺のご先祖様の基本スタイルだったし、そのイメージがこの世でメチャクチャ浸透してるらしいからなぁ。信じてもらえないのも無理あるかも」

「そ、そうじゃ! だから兄ちゃんが閻魔大王様なんて事は……」

「ところがどっこい、俺は正真正銘の閻魔大王様なんだよ」


 ほれと、エンはキトン服の懐から何かを引っ張り出すと、それを皆が見えるように宙へと掲げる。エンの手の中にあったのはこの世で言うところの社員証入りパスケースであり、彼とみなみの間がどれほど遠く離れていようとその中身をしっかり読み取る事ができた。『この者を、冥界めいかいにおける136代目閻魔大王である事を証明する。輪廻転生りんねてんせい株式会社』と。


「ほらな? 間違いないだろ?」


 まるで百点満点の答案用紙を見せびらかす子供のように、皆の間を縫うようにして歩きながらパスケースを見せていくエン。そんな姿に、みなみはもはや信じるしかなかった。


 しかし、ここで疑問が出てくる。エンが今の閻魔大王で、ここがあの世とこの世の間と言うのなら……。


「あの、ちょっと待ってくれないかな?」


 意を決して、みなみは手を挙げながら声を出す。すると、それまで皆にパスケースを見せて回っていたエンの動きがぴたりと止まり、みなみの方へとくるりと顔を向けた。


「ん? 何だよ?」

「……私達、どうしてここにいるの?」


 ごくりと一つつばを飲み込んでから、みなみはゆっくりと尋ねた。

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