第一章

第2話




 一から説明しよう。


 西村にしむらみなみ(享年二十四歳)は、十六年前にこの世を去った。死因は、産後の肥立ちが悪かった事による衰弱死であった。


 そもそも、妊娠初期の頃から担当医に度々言われていた事だ。彼女の体質的に妊娠はかなりの負荷がかかり、出産の際にも母体に相当の危険が伴う。はっきり言ってしまえば、命の保証はしかねると……。


 それでも彼女は、自分の腹に宿った命をあきらめる事なく、出産するという道を選んだ。幼い頃からずっと一緒にいた愛する人の子供を産み落とす事ができるのならば、自分はどうなってもいい。この子だけは、死んでも産んでみせると最後までその意思を曲げなかった。


 そして出産時、担当医が告げていた通り、彼女は長男を産み落としたと同時に命の危機に陥った。同い年で幼なじみでもあった夫・西村茂之にしむらしげゆきは、目の前でどんどん弱っていく妻に何もしてやれない自分をひたすら呪い、ただ生まれたばかりの息子をその腕に抱いて苦しむみなみに見せてやる事しかできなかった。


「みなみ、頼むから死なないでくれ! どうか雄一を抱いてやってくれ!」


 検査で男の子だと分かった時から、名前は雄一にしようと二人で決めていた。おそらく最初で最後の出産になるだろうから、自分達夫婦にとって唯一の男の子だ。世界で最も愛おしい男の子になるのだからと、二人で一緒に考えた大事な名前だった。


 そんな息子と、自分の名前を必死に呼び続けてくれる夫を愛おしく思いながらも、南の意識はどんどん薄くなっていく。


 ああ、もうこれで最期なのか。シゲちゃんの言う通り、せめて一度でいいから雄一を抱きしめてあげたかった……。


 全く力の入らない片腕を懸命に伸ばしながら、みなみは指先だけで交互に二人に触れていく。それはあまりにもか弱く、虫の息での事だった。


「シゲちゃん……」


 みなみは、最期の力を振り絞って口を動かし、言葉を発した。


「あなたと二人で、この子の幸せを見届けたかった……」


 そう、できる事なら。みなみは願わずにいられなかった。


 何回でも、雄一の誕生日を祝ってやりたかった。日ごとに大きくなっていく雄一の成長を見守りたかった。年頃を迎えて、やがてお嫁さんを連れてくるくらい大人になった雄一の姿を、年を取った夫と共に見てみたかったと……。


 そんな事を夢見ながら、西村みなみは永眠した。夫と息子の泣き叫ぶ声が、その瞬間まで耳に聞こえていた――。

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