第19話

「別に構わないんじゃないか?」


 杏奈が何故ここまで怒っているのか本気で分からないといった体で、本郷 湊が言った。


「君だって、俺なんかとラブシーンやりたくなかっただろ?だとしたら、結果オーライじゃないか。相沢さんと美奈子さんは、顔すら合わせてないんだから」

「え…?」

「確かに美奈子さんは妊娠もした。でも、流産したのは別の理由だよ。あの時、譲ったりなんかしなければ…」

「ちょっと、さっきから何言ってるの?」


 こっちは好き勝手にいろいろと変えていく事に腹を立てているというのに、それに対する本郷 湊の答えはまるで要領を得ない。


 本当に、何を言っているのだろう。まるで犯人の『石井美奈子』を知っているかのような…。


 懐疑心に駆られながら杏奈が本郷 湊を見つめ返していると、ふいにプシュッとプルタブが開けられた音が小気味よく聞こえてきた。


 二人が反射的にそちらを見てみれば、先ほどから本郷 湊の隣に立っている子役の男の子が、ごくごくとオレンジジュースを飲んでいるところだった。


 小学三、四年生くらいの彼は、少し大きめの缶をしたオレンジジュースを半分ほど飲んでしまうと、じろりと杏奈の方を見上げて言った。


「向井杏奈さん…って名前でしたっけ?」


 子供のわりには、実にとげのある言い方だった。


「その様子だと、原作読んでないんじゃないですか?僕だって、ちゃんと読んだのに」

「な、何よ。別にいいでしょ、脚本あるんだし」

「その脚本でダメだったから、このお兄さんが変更お願いしたんでしょ?」


 そう言って、男の子は本郷 湊を見上げると「ジュースありがとうございます」と小さな頭をぺこりと前に倒した。


「出番少ないですけど、僕しっかりやります」

「うん、よろしく頼むよ」


 そう返してにこりと笑う本郷 湊に、杏奈はますます面白くなくなった。


(あの子役、名前は…高橋唯斗(たかはしゆいと)君だったわよね。『石井美奈子』に誘拐される子供役の…)


 男の子の言う通り、出番が少ない役であり、セリフもあまりない。一緒のシーンはいくつかあるが、会話となるセリフ回しもほとんどないので、作品について話し合う事なんてないだろうと最初の挨拶以外で口をきく事もなかった。


 そんな子供に何だか上から目線の言い方をされて、杏奈の機嫌は最高潮に悪くなった。


 もう、何もかも気に入らなかった。


 特に、「これやるから、もうそんなにむくれっ面すんなよ」と苦笑いを浮かべながら缶コーヒーを差し出してきた本郷 湊の顔が。

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