第18話
「…ちょっと、あんた!」
顔合わせが終わって少し経った頃、杏奈は会議室より少し離れた自動販売機コーナーで大声を張り上げた。
彼女の視線の先には、その自動販売機の一つから新商品の缶コーヒーとオレンジジュースを買い求めた本郷 湊がいる。その彼の隣では、映画『悪魔の母性』参加キャストの中で、唯一の子役である男の子が立っていた。
おそらく、オレンジジュースはその子の為に買ったのだろうと頭の片隅で思いながらも、杏奈は抑えきれない気持ちをさらに大きな声でぶつけた。
「あんたね、いったい何考えてんの!?頭おかしいんじゃない!?」
「おかしいって…俺、そんなに変な事言った?」
きょとんとした表情で首をかしげてくる彼に、杏奈はさらにいらだった。
芸歴何十年の大ベテランならまだしも、今回が初作品・初演技となるド新人が、すでに決定稿として完成している脚本にケチをつけて変更を要求するなんて前代未聞だ。撮影スケジュールも大幅に変えなくてはならなくなるので、普通だったら当然却下される事だろう。
だが、どういう訳か池浦監督は彼のその申し出を二つ返事で了承したのだ。
「湊君がそう言うんじゃ、仕方ないな。脚本の先生も快く直してくれるだろう」
監督の決断といえども、キャストやスタッフの中には当然不満の表情を見せる者が何人かいた。しかし、そこへもうひと押しの一言を発したのは長峰智子だった。
「私も湊君の意見に乗るわ。別に無理に恋愛要素入れなくてもいいし、ヒューマンミステリーの色合いを強く出した方が作品の価値も上がるんじゃないの?」
ジャパンアカデミー最優秀助演女優賞を得た彼女の発言力にはすごい強みがあり、不満があったであろう者達の口を瞬時につぐませた。
杏奈もその一人だった。だからこそ、非常に悔しくなった。
父親のコネがあったからこそ、得た仕事だ。紘一と一緒にできない、その愛する紘一以外とラブシーンをしなければならないという不満を必死に飲みこみ、何とか取り組まなくてはと思っていた仕事だ。
それを、このズブの素人がいとも簡単に変えていく。この男のたった一言であっけなく映画の内容が変えられ、それに監督も大ベテランの女優も文句を言わない…!
こうも簡単にいろいろと変えていく彼が、杏奈は腹立たしかった。
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