第17話

「俺がこの映画に出演する事を条件に、俺の望みを一つ叶えてくれるという約束です」

「ああ、もちろんだ」


 池浦監督の返事に、今度は会議室がどよめいた。


 その中でも、杏奈は自分の動揺が一番大きいに違いないと自負していた。


 何、こいつ。いったい何なの?


 どこの馬の骨とも分からないような小さな劇団の裏方の…、この映画が初めての演技だっていうズブの素人が、よりにもよって監督とそんな約束してるなんて…。


 しかも、今から台本の読み合わせをしようかって時に、いきなりそんな空気の読めない事言い出す?人が我慢に我慢を重ねているっていうのに、本当何なのよこいつ…!


 怒りの言葉や文句がうっかり口から飛び出さないように、杏奈はぐっと奥歯を噛みしめた。


 望みがどうとか言っていたが、そんなの叶う訳ない。そう思いながら本郷 湊を見上げていたが、彼に助け舟を出した者がいた。


「あら、それってどんな望みなの湊君。ちょっと知りたいわね」


 ぐるりと円状に並べられた長机の向こう側に座っていた長峰智子だった。


 彼女は実に興味津々と言わんばかりに本郷 湊を見つめている為、若干前かがみの姿勢になっている。どこか不敵な笑みも浮かべているようにも見えて、杏奈は思わず口の中にたまったつばを飲み込んだ。


「簡単な事ですよ」


 長峰智子にそれだけ答えると、本郷 湊は再び池浦監督に向き直る。


 そして、決定稿である台本を右手に取り、それを軽く掲げるように持ち上げながら言った。


「脚本家の人には本当に申し訳ないんですが、相沢さんと美奈子さんとの恋愛関連のシーンは丸々カットして下さい。二人にそんな事実は一切なかったし、この映画をただの娯楽ものと扱われたくないんです」


 非常に強く、きっぱりとした物言いであった。


「俺は、この映画で事実のみを伝えたいんです。約束は守って下さいよ、池浦監督」

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