第14話

「失礼しました、長峰さん。今回はうちの杏奈が胸をお借りする上に、脇までしっかり固めていただけるので、大変心強いです。よろしくお願い致します」

「ええ。田所さん、だったわよね。こちらこそよろしく」


 そう言葉を返したのは、少し派手めな色合いの上着を身に着けていて、五十をゆうに超していると思われる女だった。


 彼女は、名を長峰智子(ながみねさとこ)といった。


 元々は実力も知名度もない、いわゆるしがない大部屋女優の一人でしかなかったのだが、十五年前、わずかに出演したあるドラマが大ヒットした事で注目され、そのままトントン拍子に売れ出した。


 今では話題となるドラマや映画には必ず出演する名脇役女優という地位を確立し、去年のジャパンアカデミー賞では最優秀助演女優賞まで獲得したくらいだ。


 そんな彼女が今回、『悪魔の母性』で杏奈の脇を固める。主役の一人である誘拐犯の女――『石井美奈子』(いしいみなこ)の唯一の理解者であり、事件の終盤まで彼女を信じ続けた施設長を演じるのだ。


 だが、杏奈はそんな長峰智子を少し苦手としていた。


 今のように、頭ごなしに注意してくるようなところもそうだが、彼女は自分の性に合わないと感じていたのだ。


 何だか、「あなた達と違って、私は若い時からずっと苦労してきたからここまでなれたのよ」的な空気を惜しみなく出しているというか…、とにかく何だか見下されているかのような気配を感じて仕方ないのだ。


 それを気のせいだと思えないのは、今まさに長峰智子がそういった目で杏奈をじろりと見やっているからだった。


「向井さん」


 右手を腰元に沿えるようにして、長峰智子が言った。


「今回の映画は、業界内でもかなり注目されるわ。同時に、今後のあなたの振る舞いもたくさんの人に見つめられるの。あなたを強く推した監督やお父さんに恥をかかせないよう努めなさい」

「はい…」


 長峰智子に気付かれぬよう、杏奈はこぶしをぎゅっと握り込んだ。


 何よ。何もこんな所で説教なんかしなくても…。コウちゃんがいてくれたら、きっと庇ってくれるのに…!


 杏奈がそう思った時だった。


「それから…久しぶりね、湊君。お母さんはどう?元気にしてる?」


 もはや杏奈の事など眼中にないと言わんばかりに、長峰智子は彼女と田所マネージャーの横をすり抜け、本郷 湊の前に立った。そして、ひどく意味深げに次の言葉を放った。


「キャスト表を見た時は驚いたわ。でも、本当にいいの?後悔しない?」

「…するわけないじゃないですか、智子お姉さん」


 そう答えた本郷 湊の顔は、どこか儚かった。

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