第12話



 三日後。杏奈は田所マネージャーが運転する車に乗って、映画『悪魔の母性』出演キャスト・総スタッフが集まる顔合わせの場へと向かっていた。


「…杏奈ちゃん。もうこの間の衣装合わせの時みたいに、突然エスケープするとかなしにしてくれよ?」


 本当に大変だったんだからねと言葉を続けて、運転席の田所マネージャーはチラ見程度に隣の助手席に目を向ける。案の定、そこに座る杏奈の顔はむくれていた。


「分かってます。家を出る時も、パパにさんざん念押しされたの。田所さんまで口を酸っぱくさせないで」

「酸っぱいどころか、苦くて仕方ないよ。現場に着いたら、そのご機嫌斜めの顔も直すんだよ。仮にも、君は女優なんだから」


 最後の部分だけ、やたら語気を強めて田所マネージャーが言った。そこには少しの緊張感も混じっている事も窺えて、杏奈は短いため息を窓ガラスに向かって放った。






 顔合わせの場として設けられたのは、企画・制作を主導しているテレビ局の会議室だった。


 ずいぶん入り組んだ造りのテレビ局の長い廊下を縫うように早足で渡っていくと、前方にエレベーターの入り口が見えてきた。目指す会議室は三階だ。


「ちょっと急ごう、杏奈ちゃん。皆さん方を待たせるのはよくないから」

「急ごうって…、まだ一時間近くも余裕があるのに」

「改めて皆さんに挨拶していかないといけないから…、おっと!」


 やや後ろの方からついてくる杏奈を肩越しに振り返りながら歩いていたので、田所マネージャーは廊下の反対側からやってきていた人影にすぐ気付く事ができなかった。


 向こうも田所マネージャーに気付くのが若干遅れたのか、ちょうどエレベーターのすぐ前となる位置で、二人は互いの身体を軽くぶつけ合ってしまった。


「す、すみませんっ!ちょっと急いでいたもので…!」

「いえ、俺こそすみません…」


 田所マネージャーのすぐ目の前に立った人物は、そう言いながら申し訳ないとばかりに深々と頭を下げている。そのやたらと大柄な体格をしている彼に、杏奈は見覚えがあった。


「あ、あんた…!」

「え?」


 彼も聞き覚えのある声に、反射的にばっと顔を上げる。杏奈の想像通り、そこにいたのは本郷 湊であった。

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