第10話
「…すみません、すっかりご迷惑をおかけしちゃって。どうもありがとうございました」
数十分後。すっかり目が覚めた有美がそう言って、深々と頭を下げる。それを目の前にして、男――本郷 湊は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「いいよ、そんなに気にしないで。まあ、強烈な出会い方ではあったけどね」
湊は、有美の隣に立っている杏奈をちらりと見た。
まだほんの少し頬が赤く、地面の方に視線を落として居心地悪そうにしている。そんな彼女に、湊の口元は少し緩んだ。
「顔合わせ、三日後だったよね?その時にまた」
「う、んっ…!」
蚊の鳴くような小さい声で、杏奈はわずかに頷く。彼女のそんな様子を、倉庫のすぐ脇に停めてあった車の運転席から紘一が覗いていた。
「二人とも、もう行くよ。早くしないと劇団の人達が来ちゃうから」
それに対して、有美は「は~い!」とやたら元気に答えたが、杏奈の方は何も言わずにそそくさと後部座席の方へと乗り込んでいった。
途中の最寄駅近くで有美を先に下ろした紘一の車は、そのまま都心近くに向かって走り続けた。
高級車と呼ぶに値するだけあって少々目立ちはするものの、全面がスモークガラス張りの為、車の外からは中にいる紘一と杏奈の姿をはっきり窺う事はできない。
それが頭の中に入っていたのかどうかは分からないが、せっかく紘一と二人きりになっているというのに、杏奈はずっと窓の外に顔を向けてだんまりを決め込んでいた。
これは相当機嫌が悪いなと、紘一は察していた。しかし、もう決まってしまった事だ。覆りようのない事をいつまで引っ張っても仕方ない。紘一は一つ息を吐いてから、優しく言葉を切り出した。
「杏奈。さっき本郷さんにも言ったけど、俺はもう気にしてないから」
「…何で」
「ん?」
「何でそんなに平気でいられるの?コウちゃん、大きなチャンスをあんなどこにでもいそうな素人に奪われちゃったんだよ!?」
杏奈の手には、一枚のパンフレットが握られていた。倉庫を出る際、湊から「よかったら、親戚のお子さんにでも渡しておいて」と言って渡されたものだ。
『劇団おいらっぷ』という名前が書かれたそのパンフレットには、近々公開予定の着ぐるみ人形劇の詳細も一緒にあった。しかも、そのキャスト陣の中に湊の名前はなく、聞いてもいないのに彼は「あ、俺は小道具係だから出演しないんだ」と言ってきた。
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