第8話

え?今、この人、何て言った?「やられたのはこっちの方」とか言わなかった?


 そういえば、あれから何がどうなったのか全く記憶にない。まさか、ちょっと…違うわよね?


「あ、あの…」


 上目遣いでちらりと男の方を見てみれば、彼のすぐ脇には四~五人はゆうに使えそうな大きな机が置かれてあり、その上にはカットソーの上着が一着無造作に乗っていた。


 彼はそれをムダのない動きで身に着けながら「…ん?」と声を出す。


「何?もしかして飲みすぎてて、何も覚えてないとか?」

「はい、まあ。その、さっきの言葉の意味って」

「ああ。そのまんまの意味だけど」


 そう答えて、男は杏奈と有美がいるダブルベッドの向こう側を指差した。


 少し見上げるようにして杏奈が肩越しにそちらを見やると、やたら大きな窓があった。そして、その窓ガラスの外は少しばかりの広さしかない庭のような所に繋がっているらしく、そこには同じような形のカットソーが一枚と薄手のズボンが干されていた。


「君達みたいな可愛い子をお持ち帰りだなんてベタな展開だったら、さぞ男冥利に尽きたんだろうけど」


 男が言った。


「俺、君達の隣の個室にいたんだよ。で、ぐでんぐでんに酔っ払ってくだを巻いた君と、そんな君を抱えたお友達が出てきたところに出くわした。それから」

「そ、それから…?」

「君が盛大に俺に向かって出す物出しちゃったって訳」


 さっきまで血の気が引いていた杏奈の顔が、今度は瞬時に真っ赤になった。


 自分は女優だし、何よりコウちゃんがいるのだから、お持ち帰りだなんて決して起こってはいけない事だが、そんな失態を一般の人にやらかしてしまったのなら、それ以上に恥ずかしくていたたまれない事じゃないか。


 どうしよう、どうしよう。この人以外にもそんな不甲斐ないところを見られてしまっただろうか。写真や動画に撮られていないだろうか。万一、変なサイトにアップでもされたら…。


 あまりの恥ずかしさに何も言えなくなり、杏奈はぎゅっと両目を強く閉じる。そんな彼女に、男はできる限り優しい口調で「大丈夫だよ」と言った。

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