第117話

「お前が木下とどんな関係か知らねえが、俺はマジで木下が好きなんだ。将来、結婚したっていいって思えるくらいにな! だから、ジャマすんじゃねえ!!」


 口調はみっともないくらいに荒々しいし、ボキャブラリーに至ってはありきたりを通り越して貧相だ。洋一さんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいと思ったが、それでも島崎がどれだけ真剣であるかは痛いほど伝わってきた。かつて、僕の姉が同じように周りの誰かを愛してきたように。


「そうか」


 その島崎の真剣さにきちんと応えようと、僕はしっかりと奴に向かい合った。そして、今度は僕が腕組みをして、「なら、覚悟するんだな」と切り出した。


「その気持ちに嘘がなくて、本当にお前が木下と将来結婚したいって思ってるなら、何年か後に、お前は僕に頭を下げに来る事になる」

「……はあ?」

「もちろん、木下も一緒にだ。きっと木下の方から、そうしようって言い出すと思う」

「何で俺が、お前に頭を下げなくちゃいけないんだよ!?」

「それは、その時になったら木下の方から理由を説明するんじゃないかな? いや、もしかしたら、今日言ってくるかもしれない」

「何だ、それ。マジで訳分かんねえ」

「分からなくてもいいよ、今は」


 僕はここで腕組みをやめて、ゆったりと両腕を垂らす。そして、今の自分にできる限りの笑みを浮かべながら言った。


「でも、その時が来たら、僕はお前達を心から祝福できるようになっていたい。そうできるよう、今から一生懸命生きてみるよ」

「……ますます、訳分かんねえ」


 島崎は、薄気味悪いものでも見るかのような目で僕を見る。いいよ、今はそれで。今日、もしくは何年か後で、腰を抜かしているこいつを見るのもちょっと楽しみだし。


「と、とにかくそういう事だからな! 木下が待ってるから、もう俺は行くぞ。じゃあな」


 最後まで訳が分からないとばかりに言い捨てながら、島崎が大きな足取りで2年A組の教室を出ていく。僕一人だけが、かつて姉のいた場所に立っていた。


 僕は、ぐるりと教室の中を見渡した。12年前、この教室で姉は生きていた。姉だけの「17歳の世界」の中で、たくさんの愛情を受け入れ、葛藤し、苦しんできた。そこにどんな色が息づいていたかなんて、もう姉にしか分からない事だ。


 そして、今、この教室に立っている僕だけの「17歳の世界」は、姉のそれとは全く別のものであった事をようやく知る事ができた。同じだと思っていたなんて、それこそただの思い上がりだ。12年かけてようやく気付くなんて、何てマヌケな話だろう。


 僕は自分の席に近付くと、その机の上をそっと撫でた。


「姉さん。今、どんな色の中にいる……?」


 返事は、当然ない。当たり前だ。もう違う世界の人なんだから。


 それでも、僕は願う。


 いつか……そうだ、それこそ木下と島崎が二人そろって僕の元を訪ねて来てくれる頃には、僕の中の「17歳の世界」が色鮮やかに満ち満ちている事を――。






(完)

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あの日、姉は確かに17歳だった 井関和美 @kazumiiseki

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